トップ文化書評『メトロポリタン美術館と警備員の私』パトリック・ブリングリー著 美しい場所、簡単な仕事【書評】

『メトロポリタン美術館と警備員の私』パトリック・ブリングリー著 美しい場所、簡単な仕事【書評】

『メトロポリタン美術館と警備員の私』 パトリック・ブリングリー著  晶文社 定価2420円

著者はニューヨークにあるメトロポリタン美術館で10年間警備員として勤務し、その豊富な体験からこの物語が生まれた。芸術の前で時間を過ごすということがどういうことなのか。人生との関わりからその価値と恩恵を示してくれた作品だ。

美術館での仕事がテーマだが、本人の人生もまた重要な要素で、その関わりなくしては芸術品との出合いはなかった。

芸術を学んだのは両親から。兄や姉と共に幼い頃から故郷のシカゴで年に数回、シカゴ美術館に出掛けていた。メトロポリタン美術館を旅行で最初に訪れたのは11歳の時。

ピーテル・ブリューゲルの絵画「穀物の収穫」の前で動けなくなり、その感情は言い表すことができないものだったという。静謐(せいひつ)で、直接的で、具体的で、思考へと翻訳することさえ拒んでいた。

その11年後、大学進学を機にニューヨークに引っ越し、文学や美術史を学んだが、卒業後就いたのは雑誌「ニューヨーカー」の編集の仕事。しかし兄の看病と死を経験して方向を転換。著者の知る最も美しい場所、最も簡単な仕事を見つけて応募し、採用された。

すべきことはただ見張りをするだけ。作品の周りに渦巻く人生との交わりの中で心を育むこと。それは類いまれな感覚であり、芸術の前で言い表すことができなかった何かを、再び探求することでもあった。

600人もいるという警備員の仕事から物語は始まる。担当エリアは移り、レンブラントのいる「古の巨匠」から、古代エジプトの展示エリア、中国絵画、アフリカ芸術と体験する。

警備員は来館者の質問に答えてガイドするが、来館者も探求の対象だった。展示品に圧倒されキツネにつままれたようになってしまう人がいる。彼らこそが正しく、冷静に対処している教養人たちは間違っていると語る。それは知識で理解できるものではないからなのだ。(山田美明訳)

          増子耕一

 晶文社 定価2420円

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