トップ文化書評『ことばの番人』髙橋秀実著 漢字があるから校正もある 【書評】

『ことばの番人』髙橋秀実著 漢字があるから校正もある 【書評】

『ことばの番人』 髙橋秀実著 集英社インターナショナル 定価1980円

ノンフィクション作家の著者がベテラン校正者を取材し、校正とは何か、日本語とは何かを解き明かしている。『古事記』編纂(へんさん)の太安万侶(おおのやすまろ)も、上巻の序に「(以前に書かれた)『旧辞』と『先紀』の誤りを正す」とあるように、天皇の命で過去の文献を校正したのが真相だという。

「漢字があるから校正作業もある」と言うのは、元新潮社校閲部の小駒勝美さん。「そもそも日本語には正書法がない」とも。つまり、標準表記がないから校正が必要になるのである。英語やフランス語、中国語には読み上げた文章を書き取るテストがあるが、日本語にはない。幾通りもの書き方があるからだ。

正倉院の文書に、仏教経典の写経では「一字落とすと一文の、一行抜くと二十文の、文字の誤りは五字ごとに一文の罰金」とあり、見つけた役人には、その数に応じて報酬が支払われていた。筆写には誤りがつきもので、本居宣長の仕事も『古事記』の校正だったという。校正は、漢字を取り込み日本語にしてきた日本人の宿命なのであろう。

漢字の利便性を高めるため日本人は漢字を簡略化した仮名文字を発明した。万葉仮名がひらがなになり、カタカナは平安時代初め、僧侶がお経を読むために考案したが、その仮名遣いにも悩まされるようになる。どちらも自然発生的なので、自然に変化する。明治以降、文部省は制御しようとするが、新聞社などが抵抗してきた。

ある校正者は数字と固有名詞に一番注意しているとし、いちいち文献に当たるのだから大変な労力だ。意味を考えないで文字だけ素読みするのも、誤字を見つけるコツだという。高校生に「いい文章の書き方」を聞かれた著者は、「誰かに読んでもらえばよい」と答えた。自然体を重んじるのが校正なら、それこそ極意だ。著者は妻に読んでもらっていると言うが、評者の妻は読まない。

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