トップ文化書評『鷗外の花』青木宏一郎著 花が家族と共にあった人生 【書評】

『鷗外の花』青木宏一郎著 花が家族と共にあった人生 【書評】

『鷗外の花』 青木宏一郎著 八坂書房 定価2640円

森鷗外は小説家、翻訳家であり、陸軍軍医でもあった。睡眠時間を削る生活によって偉業を成し遂げてきたが、ランドスケープガーデナーの著者が注目したのが、いかにして心の鬱屈(うっくつ)を解消し、心の安らぎを得てきたのか、という問題だった。

作品群から解析を試みてきた結果、判明したのは、他の作家たちには見られない植物への拘泥がみられたこと。

著者が調べてみると、鷗外の著作には410種の植物が記されていて、延べ1500にも及んでいた。異例の数だという。だが、その記述の仕方は読んでいても気にならず、問題にされるほどでもないというもの。

著者が鷗外の花について解析したのは、まず日記からだった。その記述から自宅の観潮楼で実によく庭仕事をしていたことが分かるが、作業内容は記述されていなかった。「園を治す」とだけ書かれていて、著者は不思議な感触を抱いたという。庭仕事を「治す」と表現した人はいなかったからだ。

その意味を探っていくと「治す」というのは元の形、理想の形に戻すということ。その形とは何だったのか。

娘・茉莉の随筆『父のいた場所』を手掛かりにして、ドイツ留学中、住まいの近隣にあった花園を原型にしていたことを著者は突き止める。「治す」ことは、「作業は己のリフレッシュ、心を治すためであった」と著者は言う。

こうして著者は日記から、小編『田楽豆腐』や、『興津弥五右衛門の遺書』『花暦』など数々の作品を取り上げて、花が家族と共にあった人生を描き出していく。

とりわけ愛した花の一つがスミレだった。植物名の現れる作品は107点で、最も多く出現するのはサクラ。次がウメ。草花で最も多いのがスミレだった。『山椒大夫』では場面に合わせ、意味を持たせて草木を登場させ、スミレは希望の象徴として登場する。

植物が持つ意味を考えさせる研究書だ。

増子耕一

八坂書房 定価2640円

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