「雪はほとんどいつも、非現実的なものに感じられる。速度のためか、美しさのゆえだろうか? 永遠と同じくらいゆっくりと雪片が宙から落ちてくるとき、重要なことと重要でないこととが突然、くっきりと区別される」
全編、雪のイメージに包まれているこの小説はソウルと済州島が舞台。白は作者が好んで登場させる「生と死の寂しさ」をたたえた色なのだ。小説家のキョンハと、写真家で済州島の工房で家具を作っているインソンの友情物語で、2人は一緒に仕事をしたことがあった。
12月下旬の朝、キョンハが道を歩いているとき、インソンからメッセージを受け取った。「すぐ来てくれる?」と。済州島からではなくソウルの病院からだった。インソンはおととい工房で作業中に指を切断し、ヘリでソウルに運ばれてきていた。家族がいないので手術の保証人や入院費のことかと思っていたら、そうではなく、家で飼っているインコに水をやってほしいという。今日中にやらないと死んでしまうという。
その日は雪だったが、飛行機に乗り、済州島に到着。吹雪の中バスを乗り継いでその村に行き、倒れそうになりながらやっとの思いでたどり着く。だがインコは死んでいた。
ところが翌朝キョンハが目を覚ますと、前夜埋葬したはずのインコは生きていて、しかもそこにインソンもいて、霊と現実世界が交錯し、ドラマが進行する。近い過去、遠い過去が行き来して、インソン家と村の歴史が語られていく。
インソンが資料を取り出して語るのは、村人が遭遇した悲劇的事件だった。1948年に起きた「済州島四・三事件」と呼ばれるもの。母の両親も妹も亡くなり、兄は行方不明、村人の生死が分けられた。
事件について語られる後半、酷烈を極めた惨劇の趣があるが、これは韓民族が負わされた受難劇、癒やされることのない恨(ハン)。この作品はその鎮魂歌なのだ。(斎藤真理子訳)
増子耕一
白水社 定価2750円