
行間から柔らかな明るい声がこぼれてくるような本。少年時代から「指揮者になりたい」との一念で突き進んできた成果がこの本となっている。
幼少時代に毎晩妹2人と3人で川の字になって、ヴェルディの歌劇「椿姫」を聴きながら寝ていて、この指揮者トスカニーニの大ファンとなったという。
その後中学から大学まで一貫教育で受験勉強の必要がなく、音楽に特化した勉強ができた。通常の大学を卒業したら音大に進学すべきというのが両親の教育方針だった。これは3歳からピアノを習い、音楽漬けの生活を送って音大経由でストレートに音楽家になるのとは違う。
中学進学のために、剣道の道場と学習塾通いが始まり、慶応義塾大学付属中学に入学し、慶応義塾大学文学部美学美術史学専攻を卒業する。余談であるが、剣道はいい。私も、3種類の武道の稽古を40年以上続けている。
両親の幅広い人脈のおかげであろう。大学在学中から本格的な指揮者のもとで直接指導を受け、やがて渡邉暁雄(わたなべあけお)氏の内弟子として、日本フィルの指揮研究員のポストを用意してもらいさまざまな仕事に専念する。いよいよ音大進学となり、英国マンチェスターの王立ノーザン音楽大学(RNCM)に入学、優秀な成績で卒業し、さらに王室から奨学金を授与され3年間勉強を続け、1993年プロの指揮者として英国でデビューしたのだった。現在、関西フィル、東京シティ・フィルの指揮者として活躍している。
本書は指揮者として、作曲家の内なる喜び、あるいは悲しみといった人間的な側面に触れながら音楽を鑑賞してほしいと述べている。例えば、“チャイコフスキーの悲愴交響曲の秘密”“ムソルグスキーの親友への熱き想い「展覧会の絵」”“ドヴォルザーク「新世界より」の真実の音とは?”“ストラヴィンスキーの「春の祭典」とサイモン・ラトル”など裨益(ひえき)すること大なりと告白したい。
法政大学名誉教授・川成 洋
敬文舎 定価1650円