
著者は現代韓国文学の翻訳者で、よく質問されるのが、「なんで、現代韓国文学を?」という問いだったという。読んでもらいたい作品をリストアップして考えてみたところ、「〈弱さ〉を正面から描いている」という答えに至り着いた。
韓国は1945年8月の「光復節」で植民地支配が終わったが、その後の歴史は南北の分断、朝鮮戦争、独裁政権、民主化運動、経済危機など、試練と激変の連続だった。
そうした社会で作家たちに期待されてきたのが「社会に声を上げる」ことだったという。韓国ではこれを「参与文学」と呼ぶそうだ。そして今の韓国文学を牽引(けんいん)している作家たちは日本の大衆文化を吸収し、『ガラスの仮面』などの少女漫画や、村上春樹や吉本ばななの小説に親しんできたそうだ。
そこから社会と向き合いつつ「個」の生活へのまなざしを大切にする複眼の視点が形成され、「弱い立場の声」を聴き取る物語に結実した、と著者は見解を示す。韓国文学を〈弱さ〉だけでくくれるとは思わないが、しかし、この視点は、韓国社会の置かれた状況をよく理解させてくれるものでもある。
ここには13人の作家の作品が紹介されている。大部分が女性作家だ。女性たちこそが弱い立場にいて、作者らはその女性たちの声を代弁してきた。その代表作がベストセラー、チョ・ナムジュの『82年生まれ、キム・ジヨン』だ。
〈弱さ〉の状況は多彩だ。が、『亡き王女のためのパヴァーヌ』の作者パク・ミンギュはそれを「選択肢を奪われている立場」と表現し、資本主義が生み出す競争と格差の中ではみ出す側、追いやられる側、そこでもがく残酷な現実を描く。
本書を読みながら、過去の日本に存在したプロレタリア文学を思い出したが、確かにどこか似たところがある。この本を読んで実感するのは、現代の韓国社会は不幸感で爆発しそうだということだ。
増子耕一
NHK出版 定価1870円