トップ文化書評『ダーウィンの呪い』千葉聡著 優生政策に利用された科学【書評】

『ダーウィンの呪い』千葉聡著 優生政策に利用された科学【書評】

『ダーウィンの呪い』千葉聡著 講談社現代新書 定価1320円

600万人以上のユダヤ人を殺害した独裁者ヒトラーは、そのゆがんだ思想を進化論で正当化したという。「人間は進化・進歩するものだ」「努力して闘いに勝ったものが生き残る」「これは自然の事実から導き出された人間社会をも支配する規範だから従え」。この進化論の考えと、「弱い者」「劣った者」は排除するべきだという差別思想や反ユダヤ主義が結び付き、ホロコーストの惨劇が起きた。

本書では、「進歩せよ」を“進化の呪い”、「生存闘争に勝て」を“闘争の呪い”、「この規範はダーウィンが言ったから正しい」を“ダーウィンの呪い”と名付け、その由来をたどっている。

そもそも、生物学的に進化とは、偶然にランダムに起こるもので、そこに目指す方向性や意思は働かないものだった。それがなぜ、「進化」と言えば発展や向上、進歩というプラスの意味を持つようになったのか。また、環境に適応し生き残るというのは、生物の身体や細胞レベルの話だった。では、生存闘争・適者生存といったとき、努力や道徳性の高さ、人格の向上が求められるようになったのはなぜか。そして、「ダーウィンが言っている(から正しい)」という言葉。科学的な事実が何かということから、それが規範として善であり、従うべきであるという価値判断は導き出せるのか。

“三つの呪い”の由来をたどりながら、進化や遺伝の科学が、特定の偏見や差別意識、階級意識を正当化するために利用されてきた歴史が明らかにされる。それが、一部の階級・民族の遺伝子を優先的に残したり、逆に断絶しようとしたりする優生学に発展。欧米で猛威を振るった。

著者は、安易に自らの主張と科学的事実を結び付けたり、都合の良い部分だけを抜き出したりして、自説を正当化することに警鐘を鳴らす。本来難解な科学や理論を、シンプルに分かりやすく言い換えた言説ほど要注意だ。それは容易に、偏見や差別を広め、権力と制度設計に結実してしまうからである。

岩田弘国

講談社現代新書 定価1320円

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