どこかへ行きたいという思いは、老齢になっても収まらなかった。米国人作家の著者は、世界の多くの地域を旅してきたが、58歳になって自分の国を知らないということに気が付く。あったのは欠陥だらけの記憶で、このモンスターの土地を再発見してみようと決めた。

トラックを特注して準備し、ダブルベッドや冷蔵庫やトイレ、百科事典など生活用品一切を積み込んでいく。同行者は夫妻の愛犬で、フランス育ちの老プードル、チャーリーだ。1960年の秋から冬にかけての3カ月の旅となった。チャーリーは作者の心の友であったが、知らない人たちとの間の懸け橋となってくれる外交官でもあった。副題は「アメリカを探して」。
毎日が発見に満ちた出来事の連続で、著者独自の旅の流儀が展開していく。物を見たり、観察したり、人と出会って話を聞き出してゆく、作家ならではの秘術が開陳され、さすがにノーベル賞作家だと思う。人に対して礼を失わず、相手の人格への配慮がある。大量の酒類も積み込んだが、これは人をもてなすためのもの。
旅はニューヨークのサグハーバーから始まって北上し、北東のはずれメーン州まで行って折り返し、西部に向かって大陸を横断。シアトルから南下する。作者の故郷カリフォルニア州のモントレーからはモハーヴィ砂漠を通ってテキサスに向かい、そこからニューヨークに。
このルートの選定はよく練られたものらしく、あちこちにドラマを構成する見どころをちりばめている。メーン州ではフランス系カナダ人がジャガイモを収穫するために国境を越えてやって来るが、著者はその家族をトラックに招待する。
道筋は高速道路を避けて二級道路を走る。人々の生活や環境を見るためだ。シカゴのホテルでは、時間の都合で掃除していない部屋に待たされたのをいいことに、その痕跡から前泊者の生活事情を推理する。すごい筆力だ。(青山南訳)
増子耕一
岩波書店 定価1364円