
本書で観察の報告をしているのは植物学者ら8人で、83編の特別レクチャーを収録。専門家だけあって観察の仕方が徹底している。それぞれの研究から生まれた成果を多くの人たちに共有してもらおうと編集された。
地球上に存在する植物は27万種以上。それを可能にしたのは多様な環境世界だ。日本のように温暖な地域だけではなく、灼熱(しゃくねつ)の熱帯や、雨のほとんどない砂漠なども地球を彩っている。植物はそれらの環境で生きるすべを生み出した。
彼らは昆虫や大小の動物たちの生存を可能とさせ、同時に大事なパートナーでもある。監修者の大場氏はこう表現している。「こうした多様な環境、そして動物との共存は、魔術師も驚愕(きょうがく)するような驚きのしかけを生み、花にやって来る昆虫などの動物をも手玉にとるすご腕の植物をも生み出した」。
この驚きの仕掛けの数々が紹介され、人間が受けた恵みや与えた影響にも触れて、植物を知ることの重要性を訴える。
ヒマラヤの高山は寒冷で積雪期間が長い。標高5000メートルで植物が成長できる期間は50日。ここに人の背丈ほどになる草がある。タデ科ダイオウ属の一種、セイタカダイオウだ。
若い花やその集まりを覆って保護している葉を「苞葉(ほうよう)」というが、この草の苞葉は大きく、半透明で、全体を覆って円錐(えんすい)形の温室を作り、「部屋」の温度を上昇させている。それによって茎や葉を成長させ、花粉や胚珠(はいしゅ)などの発生を保証しているという。このような温室型の植物はヒマラヤに多い。
ススキ草原を最近は見かけることがなくなった。草原性の草本植物は刈られたり、焼かれたり、人間の手で管理されて生育する。放っておけば森林へと進む途中相なので、維持するにはかく乱作用が不可欠。昔はかやぶき屋根などの材料を得るために維持してきたのだ。
人間が変える植物の世界、人知が引き出す植物の潜在力など、観察が楽しくなる本だ。
増子耕一
山と渓谷社 定価1100円