7000以上の地域で継承されている獅子舞は日本最多の民俗芸能だが、この20年で1000以上が消滅したという。東京藝大大学院映像研究科所属の著者は、全国の博物館や郷土資料館を巡るうち、獅子頭を凝視している自分に気付き、2018年から獅子舞の研究を始めた。そこから日本人の実像が浮かび上がってくる。

獅子舞の起源には諸説ある。岩手県では、聖武(しょうむ)天皇の奥方が病気になり、獅子の胎児の薬効で全快したので、獅子神を祀(まつ)り踊ったのが始まり。三重県では、同じく聖武天皇の命だが、人の心に動物霊が宿ると戦争や殺人などを犯すので、百獣の王である獅子に動物霊を追い払わせたと伝わる。埼玉県白岡市に私設の獅子博物館を造った高橋裕一氏は、「芸能は土地の顔なので、一つひとつが違い、優劣はつけられない」と言う。
獅子舞が多いのは富山、石川、香川の3県。香川に住む評者は、小さい頃から秋祭りになると獅子舞の囃子(はやし)を聞いてきた。小学生の頃、獅子の前で踊っていたが、大学生になると獅子舞は消えていた。高価な獅子頭と後継者不足の故である。隣の三木町には巨大な獅子頭が集まる祭りがあり、高松市の栗林公園では秋に、獅子舞団体が技を披露し合っている。
獅子舞の「シシ」には、ライオン、シカ、イノシシ、クマが含まれる。いずれもその強さから、人間の脅威にもなれば、生命力の象徴として畏怖の念を抱かせるもので、また貴重なたんぱく源でもあった。彼らは狩猟採取の縄文時代から、人々に自然との向き合い方を培ってきたのである。歴史的には、インドから東アジアのライオンが登場する祭りが中国で獅子と合流し、日本に伝わった。芸能になると娯楽の要素が加わり、優れた踊りは伝播(でんぱ)した。
本書に収録したのは、北海道から沖縄まで著者が取材した500カ所以上のごく一部。著者の視野は、朝鮮半島、中国、ロシアにも向いている。
多田則明
青弓社 定価2640円