
第2次大戦期、ヒトラーは制圧した国から強奪した美術品や絵画をオーストリアの山中の掘削トンネルの中に秘匿(ひとく)した。スターリンも強奪した絵画などを祖国に持ち込んだ。
ヒトラーの蛮行を察知したアメリカ陸軍は国内の美術館員を将校待遇で招集し、欧州一帯の掠奪(りゃくだつ)美術品を探索する米軍特殊部隊はザルツブルクで埋蔵品を発見した。スターリンの強奪もヒトラーと比肩するほどだったが、1942年8月の独ソ開戦以来、ソ連は英米連合軍に組み込まれたために、対ドイツ戦のような捜索は不可能で、現在もその掠奪美術品は行方不明。
こうした戦争の勝者の強奪はヒトラーとスターリンが嚆矢(こうし)ではなく、すでにナポレオンは「文化の擁護」を名目に大々的に掠奪していたのだった。
本書によると、第2次大戦終結直後の1945年11月、文化、教育、科学の発展と推進などを目的とするユネスコ憲章が採択され、翌年11月に設立された。75年、ユネスコに世界遺産が発効する。いよいよ「教育や文化の振興を通じて、戦争の悲劇を繰り返さない」を指導理念とする国際的な運動が開始された。92年、日本が締約国になる。現在、締約国総数は196カ国。登録物件総数は1223件。日本は26件登録している。
それにしても、現在、世界遺産の中で看過できない事態が頻発している。武力紛争、自然災害、大規模開発、その他の理由で「重大かつ特別な危険に晒されている」世界遺産を財政援助するための「危機遺産」(56件)と認定している。ところがこうした災害とは別に、武力を伴う厳しい宗教的対立、あるいは被占領国に残存する国辱的建造物の撤去など。また、締結国の中で、登録案件が皆無の国は27カ国。このような国は発展途上国の中の最貧国であったりする。
本書の著者は、日本人でただ一人のユネスコ世界遺産専門官で、中央アジア、南アジア、東南アジア地域を担当し、その仕事は相当きつい内容である。
法政大学名誉教授・川成 洋
朝日新書 定価990円