
「天皇を知ることは日本と日本人を知る重要な手掛かり」という著者の言のその先に、「私を知る」手掛かりも見えてくる。 日本人と日本社会の根幹をなす宗教史を略記しよう。縄文時代からのアニミズムに基づき地域や部族、職業の神々を奉じてきた諸神道を、皇室祭祀(さいし)を中心にまとめたのが3世紀、崇神(すじん)天皇による天社(あまつやしろ)と国社(くにつやしろ)の和合である。これにより家族国家としての日本の基本が形成された。そのため崇神天皇は神武天皇と同じ称号を与えられている。
次いで、欽明(きんめい)天皇から推古天皇、聖徳太子の時代における、宮中祭祀を軸とした仏教の受容で、ここに日本宗教の基本である神仏習合が始まる。古来の文化を守りながら最新の外来文化を積極的に取り入れるという、明治維新につながる皇室の在り方が日本を国際社会の一員に押し上げた。
神仏習合は、江戸時代の檀家(だんか)制度で力を持ち過ぎた僧侶への反発が大きい明治の神仏分離政策により紆余(うよ)曲折したが、多くの家庭にも個人にも神道と仏教が併存するという日本人の信心は変わらなかった。神社神道が国教のように扱われ、天皇が統帥権を持つような時代は、日本の長い歴史では特殊で、敗戦を経て、本来の象徴天皇に戻った。
世界に誇るべきは女性の役割で、全国巡回された明治天皇がその体を通して近代国民国家の姿を示されたのを助け、洋装の昭憲皇太后は国際赤十字に基金を設け、その普及に努められた。その関係は奈良期の聖武(しょうむ)天皇と光明皇后の姿に重なる。
今上(きんじょう)陛下は、昭和天皇に始まる自然科学者の伝統を水運という社会科学にも広げ、国連水会議でも講演されている。科学に基づいて世界の平和にも発言するという、新しい天皇の在り方の一つと言えよう。古来の伝統を守られているからこそ、最先端の世界の事象にも揺るぎなく対応できるという、日本人の手本である。
高嶋 久
藤原書店 定価1980円





