トップ文化書評【書評】『シェイクスピア』福田恆存著 作品から迫る人生の価値観

【書評】『シェイクスピア』福田恆存著 作品から迫る人生の価値観

本書は著者が翻訳したシェイクスピアの19作品の解題を収録。テキストの成立、作者が使用した資料、作品の内容についての解説など。シェイクスピアのドラマは36作品あるが、著者が訳したのは19作品。その全体で一つの流れを見せてくれる。

著者がシェイクスピアに出会ったのは昭和8年、22歳の時だった。13年3月には大学院の研究報告として「マクベス」を書き、22年「マクベスについて」を「批評」に寄稿。

その後、シェイクスピアから離れて、再会するのは28年、1年間英米を旅した時だった。ロンドンで上演された「ハムレット」を観(み)て愕然(がくぜん)とし、読書の対象としてではなく上演を目的にしていたことを知る。帰国すると「ハムレット」を翻訳し、舞台で演出した。これによって著者は、本来の戯曲として舞台で楽しむものだということを日本の演劇界に知らしめた。

一時、離れた理由は、西洋の近代小説や評論への興味を増したからで、「人生いかに生きるべきか」という問いと結び付いていたという。だがそれを見尽くしてしまった後、教えられてもそうは生きられないと悟る年頃、もはや近代文学は色あせて見え、再びシェイクスピアが広大な宝庫として浮かび上がってきたという。

その時代は、中世のキリスト教信仰による世界観、人生観があり、シェイクスピア自身も信仰を持ち、神に救いを求める市民の一人だった。だが、「ハムレット」や「マクベス」などの悲劇を見れば、ただ不幸な物語だけというのではなく、主要な人物たちが劇の終わりで破滅し、死んでゆく。

それは神罰によるもので、その善悪観は人間の考えによるものではない。悪とは何なのか。無意識の欲望、悪しき情熱、生き方の根本。リアの愛情も、オセローの嫉妬も、ハムレットの復讐(ふくしゅう)心もそれで、その強い力が作者の信じていた掟(おきて)を裏切り、どん底まで落ちていく。作品の魅力の本質に迫る解説だ。

増子耕一

中公文庫 定価1430円

spot_img

人気記事

新着記事

TOP記事(全期間)

Google Translate »