
実に変わった内容の本である。文学者を都道府県別に分類して、まとめて紹介しているからである。この種のテーマの本としては本邦初ではないか。本書で取り上げた文学者は、平安時代から現代までの小説家、推理作家、SF作家、童話作家、翻訳家、詩人、歌人、川柳作家、ノンフィクション作家と多岐にわたっている。
それにしても、いつ頃か分からないが、わが国で、なぜか、文学に関する情報が少なくなってきている。おそらく学校教育でも文学教育はほとんど皆無に近い状態だという意見を耳にしたことがある。
そういえば、旧制7帝大文学部からすでに英文学科という名称は消えてしまい、それよりも小規模の英文学専攻科がかすかに残存しているようである。英文学があの著名なシェイクスピア学者の坪内逍遥(しょうよう)を先達(せんだつ)として、漱石、龍之介、白鳥、独歩、三十五、利一、達三など錚々(そうそう)たる作家を輩出したように、日本の近代文学を担ってきたのは、英文学専攻者であった。
現在、書店にもまともな文学関係書が少ないようである。この状態が続けば、少なくとも、わが国の混迷と彷徨(ほうこう)を重ねてきた近・現代化を真正面から見据え、それなりの見解を包含する発言を続けてきた明治以降の近代文学的思考は跡形もなくなるのであろうか。
本書は、第1部「日本文学略史」は、上代文学、平安文学、中世文学、近世文学、近代文学、現代文学、戦後文学と、文学の歴史的な流れを簡潔に述べている。
第2部は「都道府県別文学者一覧」である。各県ごとにまとめられている第1ページに「代表的文学者」の経歴、作品などが写真付きで丁寧に解説されている。
その次に「知っておきたい文学者」が簡潔に紹介されている。こうした啓蒙(けいもう)書が、忘れかかったわが国の文学的土壌に何らかの刺激をもたらすことは間違いないだろう。
法政大学名誉教授・川成 洋
丸善出版 定価4840円