トップ文化書評【書評】『遊牧民、はじめました。』相馬拓也著 調査は波乱とトラブルの連続

【書評】『遊牧民、はじめました。』相馬拓也著 調査は波乱とトラブルの連続

本書は人文地理学、生態人類学を専門とする著者が、研究者として駆け出しだった20代後半から30代前半、モンゴルの大草原で過ごした日々をつづった旅物語だ。目的は民族誌を記すためのフィールドワーク。

「それは、まったく異なる世界の、見たこともない文化の、トンデモない民族に生まれ変わったような、自身の価値観や当たり前という積み木を根本から積み直してゆく、まるで人生のやり直しにも似た体験だった」という。

見ず知らずの人に話し掛け、家にお邪魔し、インタビューし、サンプリングする「ドラクエ式」。10年間で3000人を調査したという。本書は小さな社会集団の人々の生きざまを描いた記録だ。

暮らし、文化、態度が語られるが、また調査する本人の人格を映し出したようなもの。調査は学問的でありながら、冒険小説のような波乱とトラブルと思わぬ出来事の連続だったようだ。そこからモンゴル人の遊牧という生活形態と、生き延びる知恵と、その根本にあるものが浮かび上がってくる。

フィールドワークでは幾多の災厄に見舞われた。機材の盗難と破壊、金銭の要求、酒癖の悪さからくる暴力沙汰。

家畜を追った生活は野性を研ぎ澄まさせる一方、他者への配慮という人間性は発展させなかったという。組織内でもめ事が発生したとき、「話し合い」による解決は実践されない。物質的にも精神的にも満たされない渇望は、「奪うこと」へのハードルを下げ、「所有」の概念に挑戦する行為に直結した。これがユーラシア大陸で遊牧民に戦火の絶えなかった歴史の精神的根源だという。

モンゴルにゆかりのある人々がみな口ごもっていた事実を著者は語る。調査に多くの日数を費やしたのはモンゴル西部の村々だった。が、ゴビ砂漠のラクダの調査では道に迷って救われる体験もした。小説のように面白い生活奮闘記だ。

増子耕一

光文社 定価1100円

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