トップ文化思想史から見た旧約聖書 イスラエル独自の人間観 「モーセ否定」を否定した近代旧約学

思想史から見た旧約聖書 イスラエル独自の人間観 「モーセ否定」を否定した近代旧約学

 20年ほど前「歴史の父」ヘロドトス(紀元前484~同425年)の『歴史』を熟読し、本紙に連載記事を書いたことがあった。これはペルシャ帝国勃興前からペルシャ戦争に至る、前6世紀から前5世紀にかけてのオリエント世界を扱った古代史である。

モーセが「十戒」を授かったシナイ山=エジプトのシナイ半島
モーセが「十戒」を授かったシナイ山=エジプトのシナイ半島

 現地を旅して古代世界の全体像を提示し、文明が西から東に移るさまを描いた。イスラエルのことがどのように登場するのか、興味を持って読んだが記述はなかった。

 世界全体から見ると、この民族は小さ過ぎて目立たず、存在感すらなかったようだ。だが彼らの宗教への情熱は世界史を動かす原動力となる。その記録が旧約聖書だ。

 近代の旧約学は19世紀のドイツでユリウス・ヴェルハウゼンによって確立された。合理的に資料を分析し、それを発展段階に照らして再構成した。その結果、天地創造を伝える創世記は祭司文書と分類され、バビロン捕囚後の前400年ごろまとめられたと判定された。編集作業の最後に行われたものだ。

 この学説は強い影響力を持ち、学会を支配した。しかし、ヴェルハウゼンは前8世紀前後の文書成立以前には関心を示さず、従来のモーセ像はバビロン捕囚以後のユダヤ教団によって成立したものと説明した。この時から聖書は聖典ではなく、歴史文書となった。

 空白の初期イスラエルの宗教は、ヘルマン・グンケルら宗教史学派によって補われ、伝承が文書の形を取る以前、共同体の生活の場で語られ、歌われたものとみて、その様式を探求した。だがイスラエルの固有性は把握されず、古代オリエントの環境世界に解消する方向に傾いた。

 以上は木田献一著『旧約聖書の預言と黙示』(新教出版社)を参考にした。左近淑(さこんきよし)著『旧約聖書緒論講義』(教文館)によると、グンケルの論文は「バビロンの創造神話の伝承が、いかにして旧約的イスラエル的伝承に変容したかという歴史」を書いたものだ。左近もこの説に従って、旧約の天地創造の文書は天地創造を語ったものではなく、捕囚という荒廃と混乱の中で神が「光あれ」と語ったメッセージだと解釈した。

 ところで昨年、宗教改革で知られるジョン・カルヴァンの『キリスト教綱要 初版』(深井智朗訳、講談社)が刊行された。ここでカルヴァンはイエスとモーセが極めて重要な関係にあったことを強調している。

 カルヴァンによると、モーセの2枚の石板のうち、イエスは1枚目の四つの戒律を要約して「神を敬う」ことを教え、2枚目の六つの戒めを要約して「他者を愛する」ことを教えたという。

 イエスが荒野で40日の断食の後、悪魔に試みられた時、イエスは「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言葉で生きるものである」と答え、悪魔を撃退した。これもまた申命記に残されたモーセの言葉だ。

 バビロンの創造神話を基に創世記が書かれたという話は成立し得ない。その理由は、創世記の語る人間観にある。「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」とある。そして男と女は祝福され、結婚する。

 これはイスラエル独自の思想で、他の文明では語られたことがない。ここから「あなたは姦淫してはならない」という戒律が出てくる。「あなたの父と母を敬え」の戒律も出てくる。つまりこの人間観こそ十戒の根拠になった思想なのだ。これら二つは不可分である。

 この思想の生みの親は誰か。モーセ以外に該当者はいない。モーセを軽視することで聖典の権威が崩されていった。

 『ユダヤ人の起源』(シュロモー・サンド著、筑摩書房)によると、ヴェルハウゼンはダーウィンの進化論の影響を受けて天地創造を否定した。その業績を踏まえてニーチェが「神は死んだ」と書いた。

(増子耕一)

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