トップ文化闊達な描線 キトラ古墳の白虎 明日香村の彩色壁画古墳―奈良 高松塚は新施設で公開へ【文化】

闊達な描線 キトラ古墳の白虎 明日香村の彩色壁画古墳―奈良 高松塚は新施設で公開へ【文化】

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録された「飛鳥・藤原の宮都(きゅうと)」。その重要な構成資産である奈良県明日香村のキトラ古墳と高松塚古墳を訪ねた。ともに7世紀末から8世紀初め、藤原京期の築造で、極彩色の壁画で有名だ。

高松塚壁画館に展示された壁画「飛鳥美人」の模写=奈良県明日香村
高松塚壁画館に展示された壁画「飛鳥美人」の模写=奈良県明日香村

 高松塚の彩色壁画は1972年に発見され、空前の飛鳥ブームが起きた。特に大陸・朝鮮半島風の服を着た「飛鳥美人」などの人物群像は、古代日本のイメージを大きく変えるようなインパクトを持つものだった。古墳は73年に国の特別史跡となり、翌年、壁画が国宝に指定された。

 ところが、2001年から02年にかけ、白カビや黒カビが大量発生し、国宝壁画は無残に汚れてしまった。担当官庁の文化庁がそれを1年近く公表しなかった事実も明らかになった。これは文化行政の大失態であり、汚点となった。結局、壁画の現地保存は困難と判断され、石室を掘り起こし壁石を搬出するという前代未聞の作業が行われることになった。

 キトラ古墳では、1983年にファイバースコープによる石室内部の探査で、北壁に玄武(げんぶ)が描かれていることが分かり、その後の小型カメラによる探査で、東に青龍(せいりゅう)、西に白虎(びゃっこ)、南に朱雀(すざく)、天井には天文図が描かれていることも判明した。小型カメラの探査で壁画が危険な状態にあることも明らかになり、保存方法を検討した結果、文化庁は凝灰岩(ぎょうかいがん)の石槨(せっかく)に塗られた漆喰(しっくい)ごと壁画を剥ぎ取る方針を決定し、作業は2010年までに完了した。修復作業を経て、19年に国宝に指定された。

 まずキトラを訪ねた。丘の上にある墳丘を観(み)た後、壁画を見学できる「キトラ古墳壁画体験館 四神の館」へ。壁画の見学は基本的に事前予約制となっているが、幸い当日枠があり、1時間待ちで拝観することができた。この日は白虎のみ10分間の公開だったが、貸し出されたオペラグラスを通して、闊達(かったつ)な描線で表現された白虎をじっくりと見ることができた。

「キトラ古墳壁画体験館」の4面マルチ画像の展示=奈良県明日香村
「キトラ古墳壁画体験館」の4面マルチ画像の展示=奈良県明日香村

 保存展示施設の下の階の展示もなかなか充実している。原寸大の石室模型、発掘から修復までの流れなどのパネルも参考になる。4面マルチ高精細映像で再現された壁画はなかなかの迫力だった。

 キトラ古墳から高松塚古墳までは徒歩で15分ほど。途中にはこの辺りに栄えた渡来系氏族、東漢氏(やまとのあやうじ)の氏寺、檜隈(ひのくま)寺跡もある。長閑(のどか)な田園地帯を行くと、キトラ古墳と同様に丘の上に円墳が見える。大きさはキトラの倍近い。

 すぐ近くに「高松塚壁画館」があり、修復後の模写や発見当時の模写が展示されていた。模写ではあるが、やはり素晴らしい壁画だ。ここでも四神図が描かれており、白虎は体の向きが反対だが、キトラと同じ作者によるものかと思えるほど表情などが似ている。作者については朝鮮半島からの渡来人やその工人によるものとの説が強い。四神図など大陸思想を表現したものだが、どことなく柔らかい感じもあり、日本化したところがあるように思われる。

 ただ、展示は1室のみであり、キトラ古墳の充実した展示と比べると、かなり見劣りする。石室を解体して運び出した壁画の修復作業は、カビなどの汚れを除去し下地の漆喰を補強するなどして12年がかりで行われ、20年に終了した。その間、定期的に仮修理施設での一般公開が行われていたが、新施設の建設のため、仮修理施設での公開はいったん終了し、29年度末には新施設での再公開が予定されている。

 高松塚の壁画は、人物群像も描かれ美術的にも考古学的にも貴重だ。新施設ではキトラに劣らない充実した展示を期待したい。

(藤橋 進)

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