トップ文化道徳的変革で停滞を打破 「愛されない」覚悟で信念貫く 冨田浩司著『マーガレット・サッチャー 政治を変えた「鉄の女」』 【時代と読む】

道徳的変革で停滞を打破 「愛されない」覚悟で信念貫く 冨田浩司著『マーガレット・サッチャー 政治を変えた「鉄の女」』 【時代と読む】

冨田浩司著『マーガレット・サッチャー』(新潮選書)
冨田浩司著『マーガレット・サッチャー』(新潮選書)

 英首相を務めたサッチャーの評伝を2冊読んだ。

 今回は冨田浩司著『マーガレット・サッチャー 政治を変えた「鉄の女」』(新潮選書)を取り上げたい。

 2018年に出版され、第28回山本七平賞を受賞している。著者の冨田氏は在イスラエル大使などを務めた外交官。

 サッチャーは1979年から11年余にわたり首相を務め、英国社会を長い停滞から脱却させ、レーガン米大統領らと共に冷戦終結の立役者となった。

 高市早苗首相が尊敬する政治家でもある。本書はそのリーダーシップの考察に力を注いでいる。

 政治家サッチャーの評価は、特に英国では好悪がはっきりと分かれる傾向がある。本も夥(おびただ)しい数に上るが、「党派性」を克服したものは少ないという。

 著者自身は、実はサッチャーを人間的にはどうも好きになれなかったという。

 リンカンシャーのグランサムという田舎町の雑貨屋の娘に生まれ、オックスフォード大学に進学し、保守党議員となるまでの生い立ちが語られる。

 「鉄の女」と言われたサッチャーの人間的な基礎はその生い立ちによることがよく分かる。まず生家は熱心なメソジストだった。この非国教徒のバックグラウンドは、「保守党のエスタブリッシュメントの『局外者』として、既成観念に挑戦する彼女のメッセージに一層の説得力を与える効果を持った」のだ。

 もう一つは父アルフ・ロバーツの薫陶である。

 幼少期、友達のようにダンスを習いたい、映画に行きたいと言った時、父が言ったのは「ほかの人がやっているからといって、同じことをやるな」だった。

 そんな宗教的バックボーンを持ったサッチャーは、「当時のイギリスの病弊の根底にあるのは社会主義思想が蔓延(まんえん)した結果、人々が国家からの扶助への依存を深めたこと」であると映ったのである。

 著者は「サッチャリズムを経済政策の次元で捉えることの誤謬(ごびゅう)」を指摘。「彼女の視点からは、当時のイギリスが直面する課題は本質的には道徳的な問題であり、その解決のためには道徳的な処方箋(しょほうせん)が求められていると見えた」という。自助、自己決定と自己責任を強調するサッチャリズムを「新自由主義」でくくることはできないのである。

 サッチャーのリーダーシップの根底にあるものは、このようなものだったが、彼女の政治手法は、基本的に慎重で時には老獪(ろうかい)な面も見せたという。また、外交面では、他の政治家との相性(ケミストリー)にも注目する。

 面白いのは、社会主義者であったフランスのミッテラン大統領とは意外と相性が良かったことだ。ミッテランはサッチャーに女性として魅力を感じていたらしい逸話を幾つか挙げ、そのケミストリーの果実が英仏海峡トンネルであるという。

 「国家間の関係も結局は人間の営為であり、筆者自身、外交の現場で政治指導者間のケミストリーがその動向に有形、無形の影響を与え得ることを実感してきた」と言う。

 終章で著者は結論的に最も強調したいこととして、「彼女の圧倒的な真摯(しんし)さ」を挙げる。そして、これを別の角度から表現したものが、「愛されることを望まなかったこと」(広報補佐官の言葉)という。

 「真の変革を達成するためには、『愛されない』覚悟を持って自らの信念を訴えていくこと」というのが著者の重要な結論の一つである。

藤橋 進

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