トップ文化歴史にとどめる視覚的物語 「風景物語(1890~2026)展」マルモッタン・モネ美術館 西洋近代の風景画の系譜【フランス美術事情】

歴史にとどめる視覚的物語 「風景物語(1890~2026)展」マルモッタン・モネ美術館 西洋近代の風景画の系譜【フランス美術事情】

 今年7月、ヨーロッパ最大の森林の一つフォンテーヌブローの森で熱波による森林火災が発生し、2000㌶を超える森林が焼失した。19世紀、油絵具がチューブで持ち運べるようになった時代、フォンテーヌブローの森には自然に身を置きながら描く風景画の画家が集まった。

クロード・モネ 『睡蓮』(1916~19年ごろ)=パリ・マルモッタン・モネ美術館 © Musée Marmottan Monet / Studio, Christian Baraja SLB
クロード・モネ 『睡蓮』(1916~19年ごろ)=パリ・マルモッタン・モネ美術館 © Musée Marmottan Monet / Studio, Christian Baraja SLB

 折しも産業革命による人口の大都市への移動が本格化する中、テオドール・ルソー、ジャン=フランソワ・ミレー、ジャン=バティスト・カミーユ・コローなどの風景画家の絵は自然から遠のいた都市生活者に潤いを与え、自然主義的な風景画の潮流は印象派に繋(つな)がった。

 この秋、パリのマルモッタン・モネ美術館は、モネからホックニーまで、風景画に秘められた意味を探究する「風景物語(1890~2026)」展(9月24日から2027年1月31日まで)を開催し、その後グルノーブル美術館へ巡回する。そもそも宗教画で発展した西洋絵画では聖書の登場人物や権力者を描くことで画家は評価され、風景画は傍流(ぼうりゅう)だった。

 しかし、都市化が進み、自然が枯渇する中で、風景画は存在価値を高めた。クロード・モネのような画家は人間を描くことは少なく、描いても人相は省略し自然の一部と化していた。同展覧会は絵画、写真、彫刻、ビデオが交錯する年代順かつテーマ別の旅を通して、風景が芸術の一ジャンルとして近代の偉大な視覚的物語の一つとなった事実を確認できる。

 モネは1918年11月11日の第1次世界大戦の休戦協定締結後、自身の連作『睡蓮(すいれん)』(1916~19年)から2枚の作品を西部戦線の犠牲者を追悼する意味を込めて寄贈した。溢(あふ)れる自然の豊かさを描いた作品は戦争で始まった20世紀に対する画家のメッセージだった。

 同展覧会では、風景画は決して現実の人間社会と隔絶された自然を描くものではなく、激動の変化に翻弄(ほんろう)される人間の心に訴え掛けるものであるという考えが明示されている。

 エドヴァルド・ムンク(1863~1944年)の『冬の夜』(1923年)やカロリーネ・バッハマン(1963年生まれ)の『赤い月の反射』(2022年作)といった展示作品、ポップアートの旗手ホックニーの作品は、風景画が幅広い時代を網羅できる能力を持つことを示している。風景はもはや静的なモチーフではなく、生きた芸術として捉えられるようになった。

 芸術家が描いた自然は、ため息が出るほどの分断や殺戮(さつりく)を見聞きする現代においても、私たちが同じ空気を吸い、同じ空間を共有しているという現実を、現代の私たちに見せつける。フランスの美しい丘陵地帯に拡(ひろ)がる自然が戦争の舞台になったことや、多くの血が流された人間社会と自然の大きなギャップを、繊細で敏感な画家たちは風景画の物語として歴史にとどめていると言えそうだ。

 とりわけ、二つの大戦を経験した画家たちにとって、美しい風景を見詰める眼差(まなざ)しに魂の叫びと涙が込められていることは見逃せない。

(安部雅延)

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