
短編小説の名手で日本ペンクラブ会長などを歴任した阿刀田高(あとうだたかし)氏のエッセー『90歳、男のひとり暮らし』(新潮選書)を読んだ。
今や「人生100年」と言われるようになり、90歳を超えて一人で生活する人が増えており、男性もその例外ではない。昨年90歳になった著者が、独り暮らしの日常から、老いを心豊かに生きるヒントを綴(つづ)っている。
阿刀田作品では、『ギリシア神話を知っていますか』など古典ダイジェスト・シリーズに親しんできた記者(藤橋)だが、実は40年ほど前、東京・高井戸東の阿刀田邸の近くに住んでいたことがある。和服に下駄(げた)履きの阿刀田氏の姿を時々見掛け、人気作家の放つオーラのようなものを感じたことを覚えている。
そんなこともあって、本書を手に取ったが、氏一流の親しみやすい語り口で、楽しく読むことができた。
阿刀田氏は衣食住など身の回りのことは、時折ヘルパーの助けを借りながらも、基本的に自分で行い、料理もする。しかし90歳だから当然、不自由なこと、以前のようにはいかないことも多い。角帯(かくおび)の締め方も忘れて、好きだった和服も着なくなった。杖(つえ)を突きながら買い物にも行くが、いい物があると分かっていても遠くの店には行けず、近くで済ませる。
そんな時、著者は思う。
「老齢には、――これでいいのだ――〝仕方がない〟が多くてもいい」
「これでいいのだ」という言葉から、漫画家の故・赤塚不二夫のセリフを思い出す。しかし阿刀田氏のそれは赤塚とは少し違い、人生を達観する一つの老いの哲学になっている。同じような生活をしている90代、これからその年代に差し掛かろうとする読者は、ずいぶん楽な気持ちになるのではないだろうか。
阿刀田氏が90歳でも独り暮らしを続けられるのは、健康寿命を維持しているためだが、病気と無縁なわけではない。若い頃に結核を患い、歳(とし)を取って狭心症も患った。「奥歯の痛みありがとう」では、奥歯の痛みが症状悪化のサインであるという貴重な体験が語られる。
もちろん、食べて寝るだけでなく、楽しみもある。著者の場合は、やはり読書が中心のようだ。「面白い読書を知っていますか」で、最近のガルシア=マルケスのブームに絡めて自身の読書論を語っている。
本書の半分ほどを過ぎた所で「間奏曲です」という短い文章が挟まれる。著者はそこで、ここまで読んできた読者は、著者の奥さんや家族はどうしているのかという疑問を抱いているに違いない、と述べる。そして夫人が認知症が悪化し施設で暮らしており、子供たちは自立していることが説明される。
二男一女の子供たちは正月に孫たちを連れて阿刀田邸に集まる。
「めでたさは上の下くらい――家族との距離」で、それぞれの家族が料理を一品ずつ携えて新年のパーティーを開くその様子が綴られる。
「あとがきに替えて」と「本書に登場する阿刀田作品一覧」の後に、「最後の『ありがとう』――その後」という文章が手紙の追伸のように付け加えられている。昨年5月に夫人が著者と次男に看(み)取られながら、旅立った時のことが記されている。 夫人が亡くなったのは、本書を大方書き終えた後のことと思われるが、最後にこの文章が置かれたことで、一篇の小説を読んだような気分になる。この一文が結果的にこのエッセーをストーリーテラー阿刀田高ならではのものにした。
(特別編集委員・藤橋 進)






