
戦後文化を思想や文学を中心に19人がそれぞれのテーマで講じ、新たな視点から光を当てている。取り上げられたテーマは大学やマスメディア周辺の人々の間で一時期流行し消えたものでなく、日本が迫られている課題・問題と格闘したものを選定したものだ。その結果、大衆・庶民を主軸とすることに力点を置いた文化史になったと編者は述べている。
第1講「丸山眞男と橋川文三――昭和超国家主義論の転換」は、編者自らが担当。戦後思想界のリーダー的存在であった丸山眞男の超国家主義論を橋川文三がどのように批判・克服していったかを語っている。さらに橋川が戦前の政界の黒幕を扱った「小泉三申論」などで、戦後の政治研究の主流となる近代主義的な分析の限界を突いた意義を強調。ただ後に続く者が少ないことを嘆いている。
戦後作家では大衆的な影響の観点から、獅子文六、石坂洋次郎、石原慎太郎、社会派ミステリーなどを取り上げている。このうち獅子文六は、戦時中に『海軍』を書いて戦意高揚、若者の海軍志願に一役買い、戦後は民主主義の空気の中で、国民的人気作家となった。「獅子文六と復興」で牧村健一郎氏は獅子を、昭和と並走、同伴した作家ではあるが、時代に埋没したわけではないとし、「フランス仕込みの個人主義とクールな視点が、作品に批評性を持たせた」と評価する。
作家論で出色なのは、三浦雅士氏の「石坂洋次郎――マルクス主義と民俗学の対立を生きる」。代表作『青い山脈』などで戦後民主主義の作家とされる石坂だが、戦前に発表した『若い人』を見れば分かるように、石坂は戦前から既に民主主義的で女性の視点を重視する作品を書いていた。そして石坂がこのような作品を書いた背景にマルクス主義への批判と栁田国男、折口信夫の民俗学への共感があったと三浦氏は言う。石坂作品を改めて読み直そうという気持ちにさせられる。
小林秀雄はこれまでさまざまに論じられてきたが、新保祐司氏の「小林秀雄――日本の戦後文化の重石(おもし)」は、小林秀雄という稀有(けう)な評論家の思想の核心を浮かび上がらせ、戦後文化の中に見事に位置付けている。昭和21年2月に出た「近代文学」の座談会で小林が、「僕は無知だから反省なぞしない。利巧(りこう)な奴(やつ)はたんと反省してみるがいいじゃないか」と発言し物議を醸した。新保氏はこの啖呵(たんか)に込められた深い意味合いを、15世紀のドイツの神学者ニコラス・クザーヌスの「知ある無知」の思想との類似性から論じる。
そして、こう総括する。「戦後の日本文化、あるいは社会は、この山の上に鎮座する『批評の神様』の存在からくる緊張感によって、堕落しきってしまうことを辛うじて免れていたともいえるであろう。小林秀雄は、日本の戦後文化から最も遠く存在することによって逆説的にその重石であったからである」
最後の第19講、山本昭宏氏の「全共闘運動――課題と遺産」については、あまり新しい視点は感じられない。著者が1984年生まれで同時代の空気を吸っていないことは、必ずしもマイナスではないと思うが、世の中を騒がせた割にあまり生産的なものを残さなかった運動に、何らかの意義を見いだそうとしているからかもしれない。ただ、意義の一つとして実存主義的傾向を挙げているのは重要な指摘だろう。
(特別編集委員・藤橋 進)






