トップ文化物語と象徴を秘めた写実 アメリカの原風景を描く 東京都美術館「アンドリュー・ワイエス展」 俳句に通じる独特の風韻も

物語と象徴を秘めた写実 アメリカの原風景を描く 東京都美術館「アンドリュー・ワイエス展」 俳句に通じる独特の風韻も

「乗船の一行」(1982年、フィルブルック美術館蔵)に見入る入場者=東京・上野の東京都美術館
「乗船の一行」(1982年、フィルブルック美術館蔵)に見入る入場者=東京・上野の東京都美術館

 アメリカ写実絵画を代表するアンドリュー・ワイエス(1917~2009年)の回顧展が、開館100年を迎えた東京・上野の東京都美術館で開かれている。1974年に日本で初めての大規模展が開かれているが、今展はそれ以来52年ぶりのものとなる。

 ワイエスは、米国東部にある故郷ペンシルベニア州とメイン州の風景、風物を描き続けた。広々とした荒野、そこに立つ農家風の家。それらはいずれも「アメリカの原風景」を感じさせるもので、彼が「アメリカの国民画家」と言われる所以(ゆえん)だ。

 ワイエスはその原風景を独自の写実的手法で描き続けた。第2次大戦後、アメリカが抽象表現主義やネオ・ダダ、ポップ・アートなど、前衛絵画の中心地となる中、彼の写実的な具象絵画は、前衛絵画の作家や支持者から、手ひどく批判されることもあった。しかしワイエスは、自身の信じるスタイルを貫き、独自の世界を作り上げていったのだ。

 代表作として、よく知られているのが、『クリスティーナの世界』(1948年、ニューヨーク近代美術館蔵)。女性が後ろ向きに野原に這(は)うように横たわっている絵だ。ワイエスは、そのモデルとなったクリスティーナ・オルソンが障害を抱え、歩行が不自由だったにもかかわらず、強く生きる姿に引かれ、クリスティーナとその家族を30年にわたって描く。

 ワイエスが、オルソン家を描いたのも、そこにアメリカの原風景を観(み)たからだろう。彼らの住むオルソン・ハウスは、清教徒たちが最初に移り住んだニュー・イングランド地方にあり、広い野原の中にポツンと立っている。まさに荒野を開拓してきた初期移住者の生活につながる風景であった。

 今展では、「オルソン家の終焉(しゅうえん)」(1969年、クリーブランド美術館蔵)などオルソンの家を描いた作が多数展示されている。「オルソン家の朝食」(1967年、丸沼芸術の森蔵)は、煙突からの煙、窓に映る人影がこの家の生活の一齣(ひとこま)を表しているが、母屋(もや)の2階のガラス窓の割れた所がカーテンで塞(ふさ)がれている。そんな細部から、この絵がオルソン家の歴史まで描こうとしたものであることが分かる。

 「オルソン家の終焉」は、クリスティーナが亡くなり、主(あるじ)のいなくなった家に訪れたワイエスがオルソン家の人々を偲(しの)びながら描いたものだ。風景を描きながら、そこに秘められた歴史や思いを込めた。ワイエスの写実は、あくまで詩と物語を表現する手段であった。

 ワイエスは、日本人に人気の画家だ。彼自身「日本人は自分の絵を深く理解してくれる」と語っていたという。静謐(せいひつ)な画面に秘められた物語、ドラマに惹(ひ)かれるのは恐らく万国共通だろう。一方、写実的に描かれた物や風景が、深い情趣(じょうしゅ)や象徴性を湛(たた)えている点は、情趣や象徴性を物に託して表現する俳句や和歌の手法に似ている。このような俳句や和歌に似た表現が、日本人の心の琴線に触れる理由の一つと思われる。

 『洗濯物』(1961年、カマー美術館蔵)は、庭に干されたシーツが風になびき、その下の洗濯籠(かご)の横に犬が昼寝をしている。これなどは俳句的な取り合わせの妙を感じさせる。

 髪の毛の一本一本を細密描写したワイエスの絵が、油彩ではなく、テンペラか水彩で描かれていることも驚きだ。その筆触は散文ではなく詩の言葉に似ている。それが東洋的と言ってもいい独特の風韻(ふういん)を生んでいる。

 同展は7月5日まで。その後、愛知県の豊田市美術館、大阪府のあべのハルカス美術館でも開かれる。

(特別編集委員・藤橋 進、写真も)

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