
19世紀スイスの歴史家ヤーコプ・ブルクハルトの著書『世界史的考察』は、単なる世界史の概説書ではなく、「歴史を動かしているものは何か」を問うた文明論であり、歴史哲学書である。没後、バーゼル大学での講義ノートを基に編集され、1905年に出版されたものだ。
ブルクハルトが歴史を動かす力として挙げるのは、「国家」「宗教」「文化」の三つである。国家は秩序を維持するための強制の原理、宗教は人間に精神的支柱を与える力、そして文化とは芸術・思想・学問など人間の自由な精神活動の総体だ。世界史は、この3者が均衡し、対立し、せめぎ合いながら展開してきたというのが彼の見方である。
印象的なのは、国家権力の肥大化に対する鋭い警戒である。ブルクハルトは19世紀の時点で、近代国家が巨大化し、大衆を熱狂的に動員していく危険性をすでに見抜いていた。国家は本来、秩序を保つために必要な存在だが、大衆民主主義が進むと、人々は目先の利益や安心を求め、強力な指導者を欲するようになる。その洞察は、後の全体主義国家の出現を予見していたかのようにも思える。彼はまたキリスト教の歴史を例に挙げ、宗教も権力を求め、権力と結び付き暴走する危険性があることを指摘している。
ブルクハルトは「大衆の熱狂」に強い不安を抱いていた。民衆が革命や民族主義、政治的理念にのみ込まれると、人々は自ら考えることをやめ、集団の激情へと流されていく。そこから暴力と独裁が生まれる。この指摘は、SNS上で感情的な同調圧力が瞬時に広がる現代社会にも通じるものがある。
彼は歴史に幸福をもたらすものは権力者ではなく「文化」であるとし、文化を最重要視した。芸術や文学、哲学は国家の命令でも宗教の権威でも生まれない。人間の自由な精神から湧き出るものであり、権力と大衆の熱狂から距離を置くための拠点でもある。真の偉大性は、強制ではなく創造の中にある。ラファエロの絵画やモーツァルトの音楽が権力の滅んだ後も人類の精神を豊かにし続けているように、文化こそが人間性を守る最後の砦(とりで)なのだと彼は説く。
ブルクハルトの歴史観を貫くのは、進歩史観への根本的な懐疑である。ヘーゲルやマルクスが歴史に目的論的な方向性を見いだしたのとは対照的に、彼は「歴史は進歩しない、ただ変容する」と考えた。
歴史の連続性の中に人間の普遍性を見ようとしたのだ。
人工知能(AI)の台頭や地政学的緊張が世界を揺るがす今、「文化を守ること」の意味を、この書は静かに問い掛けている。
(長野康彦)





