トップ文化特別展『百万石!加賀前田家』を観る 文・武・美の一大コレクション 「天下の書府」の面目躍如

特別展『百万石!加賀前田家』を観る 文・武・美の一大コレクション 「天下の書府」の面目躍如

前田綱紀の記録帳「桑華字苑・桑華書志(そうかじえん・そうかしょし)」=東京・上野の東京国立博物館
前田綱紀の記録帳「桑華字苑・桑華書志(そうかじえん・そうかしょし)」=東京・上野の東京国立博物館

 東京・上野の東京国立博物館で特別展「百万石!加賀前田家」が開かれている(6月7日まで)。百万石以上の禄高(ろくだか)を有した加賀前田家のコレクションを保存・継承してきた前田育徳会の創立100周年を記念し、約半世紀ぶりにその膨大なコレクションの全貌を紹介する。

 前田利家を祖とする前田家は、徳川の世となってからは、最大の外様(とざま)大名として幕府との難しい関係を調整するため、武よりは文化振興に力を入れてきた。展示コレクションは大きく分けると武具、茶道具、能楽、古典籍、工芸品・美術品から成り、文武と美の一大コレクションとなっている。

前田利家所用の「金小札白絲素懸威胴丸具足(きんこざねしろいとすがけおどしどうまるぐそく)」=東京・上野の東京国立博物館
前田利家所用の「金小札白絲素懸威胴丸具足(きんこざねしろいとすがけおどしどうまるぐそく)」=東京・上野の東京国立博物館

 会場に入りまず目に飛び込んでくるのは、金色の鎧兜(よろいかぶと)「金小札白糸素懸威胴丸具足(きんこざねしろいとすがけおどしどうまるぐそく)」。利家が佐々(さっさ)成政と戦った末森合戦で着用したもの。当世具足と呼ばれるものには派手なデザイン、趣向のものが多いが、金色というのは飛び抜けた何物かを感じさせる。2代目の利長所用の「銀箔押鯰尾形兜(ぎんはくおしなまずおなりかぶと)」は、縦1㍍近い兜。気宇の壮大さを感じさせる。

 一方、利家は「槍(やり)の又左(またざ)」の異名を持つ武勇の人であると共に、計算に強かったといわれる。その利家が使った算盤(そろばん)も展示されている。国内最古級の算盤という。

 茶道具も名物が幾つも展示されている。中国南宋時代の「大名物(おおめいぶつ) 耀変天目(ようへんてんもく)」、朝鮮朝時代の「名物大井戸(おおいど)茶碗(ぢゃわん) 福嶋井戸」など。将軍を招いての茶会に使われた大名物の茶入れ、床に掛けられた藤原定家筆の「十五首和歌」なども出展されている。

 金沢には「空から謡が降って来る」という言葉があるくらい、加賀藩は能楽を保護、育成し、城に出入りする職人たちにも能を奨励した。今展でも古い能面や能装束が展示されているが、特に装束には美しいものが多く見応えがある。これら展示物は、加賀百万石文化の豪華さを語って余りあるものだ。

 一方、地味ではあるが、「尊経閣(そんけいかく)文庫」を中心とした古典籍の収集は、文化的貢献として、それらに勝るものがある。今展では、『日本書紀』『類聚(るいじゅ)国史』の古写本、『仁和寺(にんなじ)御室御物実録《おむろぎょぶつじつろく》』(平安時代)など国宝9点を含む古典籍多数を展示。新井白石が「加賀は天下の書府」と讃(たた)えた、その書府の中身に触れることができる。

 加賀藩における古典籍の収集は、4代藩主・綱紀(つなのり)の時から本格化する。展覧会図録の栁田甫(やなぎたはじめ)氏の解説「いかにして『加賀は天下の書府』となったか」に興味深いエピソードが書かれている。綱紀が、文庫の命名について、水戸藩に招聘(しょうへい)された明の亡命儒者・朱舜水(しゅしゅんすい)に諮問したところ、「尊経閣」とは、孔子廟(びょう)に付属する文庫の名称であり、私文庫としては相応(ふさわ)しくないとして他の名称を提案された。しかし結局、綱紀が尊経閣としたのは、当初より私的コレクションではなく、図書館を目指しているのであり、白石の「書府」という呼称は当を得たものと栁田氏は言う。

 これら貴重な古典籍は、綱紀に続く歴代藩主、維新後は16代当主・前田利為(としなり)によって設立された前田育徳会によって守られてきた。

(特別編集委員・藤橋 進、写真も)

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