トップ文化福間良明著『司馬遼太郎の時代 歴史と大衆教養主義』 読者の中心は中年サラリーマン【昭和100年を読む】

福間良明著『司馬遼太郎の時代 歴史と大衆教養主義』 読者の中心は中年サラリーマン【昭和100年を読む】

 1970年代、書店には『竜馬がゆく』『国盗(と)り物語』など司馬遼太郎のベストセラーが平積みされ、それらを原作にしたNHKの大河ドラマが幾つも放映された。

 1970年代は確かに「司馬遼太郎の時代」だった。

 その読者層は幅広かったが、中心は中年のサラリーマンだった。司馬遼太郎の時代は日本経済の興隆期・黄金期とピタリと重なる。その点は、これまで多くの人が指摘してきたことだが、著者は、専門とする歴史社会学・メディア史の視点からさらに掘り下げ、なぜ司馬作品が多くの読者を魅了し、「国民作家」となったかを解き明かしていく。

 この時代、サラリーマンは会社の査定を強く意識するようになった。

 彼らは「気性の激しい織田信長に仕える『新史太閤記』の羽柴(はしば)秀吉」や「軍上層部に翻弄(ほんろう)されながらも最善の選択を模索する『坂の上の雲』の秋山好古(よしふる)」に会社員としての生き方を学んだ。

 日本の企業では、組織人としての柔軟性が求められる。出世・昇進を望むサラリーマンは司馬作品を「組織人としての人格陶冶(とうや)」の参考にしたのである。

 司馬作品では、歴史批評や蘊蓄(うんちく)を傾け「余談」も魅力だ。読者の中心だった中年層は、かつて若い頃に教養主義の高潮期をくぐった世代で、思想書や哲学書に触れ直すのは負担が大きいが、司馬作品は彼らの教養への欲求を満たすのに手ごろだった。

 司馬作品はかつてほど読まれなくなったが、この点も終身雇用制度が揺らぎ非正規雇用が増加した雇用環境の変化から説明されている。

 本書では、これまであまり問題にされることのなかった司馬の生い立ちや経歴も語られる。そこで著者が重視するのは、旧制高校受験に失敗し官立専門学校である大阪外国語学校に進んだ司馬は決して学歴エリートではなく、就職した産経新聞も準大手紙であり、二流・傍系の経歴を歩んできたことだ。それがエリートへの不信や反感のベースにあったという。

 戦時中、陸軍の戦車連隊の小隊長であったことも大きい。敵と到底渡り合えない貧弱な日本の戦車にみる技術軽視、精神論ばかりを説く非合理さなど、日本陸軍のさまざまな病理を見てきた。

 著者は、「ばかで、国を大切にしない高官たち」への司馬の怒りが終戦で頂点に達し「江戸期末や、明治国家を作った人達は、まさかこんな連中ではなかったろう」と「骨のきしむような痛みとともに」思ったと述べているのに注目する。司馬が「明るい明治」を描いたのは、「昭和の暗さ」を逆照射するためだったという。

 確かに司馬の昭和の軍人への嫌悪と憎悪は相当なものがあり、歴史小説を書かせた動機の一つであったことは間違いないのだろう。しかし司馬は史実を掘り下げていく中で、先人たちの歩みに率直に感動し、それを作品化したのではないか。

 司馬作品は、専門の歴史家などから史実の詳細から見た不正確さや一面性も指摘される。著者はそれでも司馬作品が、一般読者が歴史や人物に関心を持つきっかけになっていることを指摘し、「ひいては近代史・昭和史を批判的に問う営みに誘おうとするものであった」と評価している。

特別編集委員・藤橋 進

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