
◆高速道4車線化やダム建設で消失◆
地下に埋もれた埋蔵文化財は国の成り立ちや地域の歴史を知る上で貴重だが、止(や)むを得ず工事などで破壊する前に記録に残すのが発掘調査である。令和7年度に秋田県で発掘調査した報告会が先日、秋田県生涯学習センターで開かれ、9件の発表があった。横手―北上間の高速道路4車線化に伴う工事や幻の雄勝城(おかちじょう)探索、ダム湖に沈む村での発掘など、旧石器時代から近世に至るまでの古(いにしえ)の営みが少しずつ明らかになっていく。
県では7年度、各自治体の教育委員会などが合わせて13遺跡・史跡を発掘した。
高速道路関連では、横手市の藤兵エ沢(とうべいざわ)で縄文前期から後期の遺跡が見つかった。長軸3㍍の縦長の落とし穴の、さらに下に深い溝が掘られ、シカなどの動物が落ちたときに脱出できない構造が見られた。また2平方㍍に石器が集中、多くは石槍(いしやり)と石ベラの剥片で、近くの沢で原石を見つけこの場所で加工したとみられるが、生業とした建物跡は見つかっていない。
同じく同市の大堤沢(おおつつみさわ)では縄文中期の小さな村が見つかった。直径8㍍の大型建物跡には囲炉裏(いろり)が3基。たたき石(ハンマー)、動物の皮はぎ用とされるスクレイパーなど大量の石器が穴に埋められていた。
一方、文献上は平安時代の200年間存続しているが場所が特定していない「幻の雄勝城跡」を探す動きが2件報告された。
一つは、すでに調査が159次にもなる国指定史跡払田柵(ほったのさく)跡。「雄勝城」など証拠となる文字が出土していないため確定していない。古代律令(りつりょう)国家が蝦夷(えみし)対策として設置した城柵(じょうさく)の一つで、東北では最大級の90万平方㍍もある遺跡だ。7年度は外柵南門近くの微高地の機能を解明する発掘と、須恵器の窯跡を探す踏査が行われた。
これに関連し、初期の雄勝城跡ではないかと発掘を続けているボランティア団体から、11日間だけ造山(つくりやま)遺跡(横手市雄物川町(おものがわまち))を掘った報告がなされた。5棟の住居跡と、腰にぶら下げて使う砥石(といし)が見つかった。
また、ダム建設で沈む百宅(ももやけ)地区の岩ノ下遺跡(由利本荘市)では白磁皿や陶磁器が見つかったほか、県内の水中遺跡調査についての発表もあった。
(伊藤志郎、写真も)






