
世界で不動の地位を得た印象派の画家の代表格はオーギュスト・ルノワールだろう。日本にもファンは多いが、世界に散在する作品の何点かは誰もが記憶するマスターピースだ。筆者も25年前、ルノワールが晩年を過ごした南仏カーニュ=シュル=メールの家を訪れたことがある。
子煩悩なルノワールは、そこで子供たちの成長の記録を描き続け、関節リウマチで動かなくなった手に絵筆を縛り付けて制作を続けたのは有名な話だ。まばゆいばかりの太陽の光に恵まれ、緑に囲まれた広い庭で制作を続け、彼の元にはアンリ・マティス、パブロ・ピカソ、モーリス・ドニ、ポール・シニャック、ピエール・ボナール、アンドレ・ドランなどが通った。
オルセー美術館ではルノワールに焦点を当てた二つの展覧会を同時に開催中だ。これは「愛」という視点から考察された彼の傑作印象派絵画を発見または、再発見する機会でもある。同時に、彼の作品の中でもあまり知られていない、より親密な側面である紙作品を鑑賞する貴重な機会でもある。
「ルノワールと愛 幸福な近代」展(7月19日まで)および「ルノワール デッサン画家」展(7月5日まで)の二つの展覧会は、オルセー美術館の開館40周年を記念する事業だ。戦争の血なまぐさい時代を生きるわれわれにとって、ルノワールの描く「歓喜の絵画」は、安らぎをもたらしている。
ロンドンのナショナル・ギャラリーとボストン美術館との共同企画による前者の展覧会では、1865年から1885年の間に制作された約50点の絵画が展示され、後者の展覧会では、あらゆる時代の素描、パステル画、水彩画約100点が展示される。そのほとんどは、絵画のための習作だ。
科学と工業化の波、都市化は、決して幸福な時を与えなかった。二つの大戦で人々は傷つき、疲弊した。近代西洋絵画は、安らぎよりも緊張、心による干渉よりも知性が要求された。愛と喜びよりは、憎しみや恐怖が充満した19世紀後半から20世紀にかけて、ルノワールの作品は喜びに満ちていた。
彼の最初の20年間の作品の大部分に浸透している「人間歓喜と社会的絆」のテーマはすっかり浸透したが、フランスでは展示されていない彼の最も野心的な作品、大型作品を一堂に集めた今回の展覧会は貴重な機会を与えている。
ストックホルム国立美術館の『アントニーの母のキャバレー』、ワシントンD.C.のフィリップス・コレクションの『舟遊びをする人々の昼食』、ボストン美術館の『ブージヴァルのダンス』、ロンドンのナショナル・ギャラリーの『傘』などは、1985年にグラン・パレで開催された回顧展以来、パリで一堂に会したことはなかった。
印象派の画家たちは大気効果や光の相互作用に敏感だっただけでなく、肖像画や風景画に加え、ルノワールはカップル、家族、友情、親睦などを描いた風俗画を160点近く制作し、同時代の人々の行動や習慣をさりげなく表現した。晩年、「少しは絵が上手に描けるようになった」と語り、死ぬ直前、「少し物の本質が見えるようになった」と語ったのは印象的だ。
(安部雅延)






