
東京・信濃町の国立能楽堂2月公演で、「近代絵画と能」が特集された。「松浦佐用姫(まつらさよひめ)」(観世流)、「鉢木(はちのき)」(宝生流)、普及公演「高砂(たかさご)」(観世流)が演じられたが、プログラム巻頭にそれら演目を題材にした梶田半古「比禮婦留山(ひれふるやま)」(高岡市美術館蔵)、菱田春草「時頼図」(林原美術館蔵)、川村清雄「高砂」(目黒区美術館)の写真が掲載された。
28日「高砂」の公演の前には国文学研究資料館名誉教授の小林健二氏が、既に上演された2演目について簡単に解説、続いて川村清雄の絵の細部にわたる絵解きを行った。
プログラムの表紙にも印刷された「比禮婦留山」は、佐用姫が契りを結んだ大伴狭手彦(おおとものさでひこ)を乗せた遣唐使に向かって比礼(ひれ)を振る姿を描いたものだが、小林氏は「よく見ると、船は遠く小さく描かれている。狭手彦からは佐用姫の姿は見えないだろう。それでも佐用姫は比礼を振り続けている」と、佐用姫の思いの強さが表現されていることを指摘する。
一方、「高砂」を描いた川村清雄は、幕府の隠密を務めた家の出身で、米、仏、伊の3カ国で10年間にわたり絵画修行をした異色の洋画家。元幕臣ということで、維新後も徳川家との関係は強く、代表作に恩人の勝海舟を描いた「江戸城明渡の帰途」や「天璋院像」などがある。
プログラムには、ミネルヴァ評伝選『川村清雄』の著者で江戸東京博物館学芸員の落合則子氏による解説「川村清雄の洋画と能のモチーフ」も載っている。それによると、「清雄が画家人生を掛け生涯追求したのは、『日本の油絵』の創出」だったという。
小林氏は、川村の「高砂」には、老夫婦(尉〈じょう〉と姥〈うば〉)のそばに巨大な松の木が描かれていることを挙げ、「太く長い松は泰平の御代を具現化している」と指摘。さらによく見ると梅、笹も描かれ、めでたい松竹梅が描き込まれ、岩の上には長寿を象徴する蓑亀(みのがめ)(甲羅に藻が付いて蓑を被っているように見える亀)が2匹、そばには子孫繁栄を象徴する子亀が描かれ、さらに鶴を詠んだ和歌に記されていることを指摘。「松竹梅に鶴亀と目出度いもの尽くしとなっている」と泰平の御代を寿ぐ能であることがしっかり描き込まれている事を絵解きしてみせた。
公演では、山崎正道が前シテの尉、後シテの住吉明神を務め、住吉明神の神威を感じさせる力強く颯爽(さっそう)とした舞を披露した。
(特別編集委員・藤橋 進)






