トップ文化全ての罪を懺悔し国難払う 奈良博で特別陳列「お水取り」 「十一面観音像」「二月堂縁起」など展示【宗教思想】

全ての罪を懺悔し国難払う 奈良博で特別陳列「お水取り」 「十一面観音像」「二月堂縁起」など展示【宗教思想】

奈良・東大寺で行われる修二会の大松明
奈良・東大寺で行われる修二会の大松明

「国の病気」取り除かれるよう祈る

 奈良の春を告げる東大寺二月堂の「お水取り」が3月1日から14日にかけて行われるのに合わせ、奈良国立博物館で特別陳列「お水取り」が3月15日(日)まで開催されている。

 「お水取り」はかつて旧暦2月に行われていた「修二会(しゅにえ)」という東大寺の行事で、正式名称は「十一面悔過(じゅういちめんけか)法要」。二月堂本尊の十一面観音菩薩に対し、練行衆と呼ばれる僧たちが、人々が過去に犯してきた過ちを2週間にわたって懺悔(ざんげ)し、除災招福や鎮護国家、五穀豊穣(ほうじょう)を祈る法要である。

 二月堂は、東大寺金堂(大仏殿)の東方、坂道を上り詰めた丘陵部にある、十一面観音を本尊とする仏堂で、すぐ南には三月堂の通称で知られる法華堂がある。この一画は「上院」(じょういん)と呼ばれ、かつて東大寺の前身寺院があった。

 修二会は天平勝宝4(752)年、二月堂を創建した実忠和尚(じっちゅうかしょう)によって始められたと伝わる。当時、天災や疫病、飢饉(ききん)、戦争などの災いは「国の病気」と考えられ、東大寺の僧侶たちは人々の代わりに全ての罪を懺悔し、国の病気が取り除かれるよう祈ったのである。以来、途絶えることなく1250年を超えて、「不退の行法」 として今日に至るまで続けられている。

 「お水取り」とは、二月堂の下にある閼伽井屋(あかいや)という建物の中の井戸「若狭井」から13日午前1時すぎに御香水(ごこうすい)を汲(く)み上げること。若狭国(現在の福井県小浜市)にある遠敷(おにゅう)明神が、二月堂の十一面観音のために捧(ささ)げた水を汲み上げる儀式である。

 かつて実忠和尚が儀式の中で神々の名を読み上げると、各地から多くの神が二月堂にやって来たが、若狭の国の神だけが、釣りに夢中になって遅れてしまった。そこで、おわびのしるしに、お水取りの時期に聖水を若狭から贈ることを約束されたと伝わる。古代から海の玄関口であった若狭と大和の深いつながりがうかがえる。

 二月堂の舞台で火の付いた松明(たいまつ)を振り回す「お松明」は、本来は練行衆の道明かりとして焚(た)かれていたものが、江戸時代に次第に大きくなったという。お松明の火の粉を浴びると健康になる、幸せになると信じられ、燃えかすをお守り代わりにする人も多い。籠松明と呼ばれる特に大きなお松明は3月12日の午後7時30分から約45分間見られる。

 本展は、お水取り(修二会)に関連する彫刻・絵画・書跡・工芸品・歴史資料を集めて陳列するもので、平成9(1997)年の開催以来、毎年好評を博している。修二会は基本的に非公開の行法なので、うかがい知れないような神秘性があり、その複雑な行法は長い歴史の中で徐々に形成され、多様な宗教・文化の歴史が織り込まれている。

 「十一面観音像」は、雲に乗り、海上を飛来する十一面観音を描いた画像で、後方の補陀落山(ふだらくせん)(観音の浄土)には、船で渡海してきた人々や中腹の楼門、山頂の楼閣までが精緻に描き込まれていて、二月堂修二会の本尊が、補陀落山から海を渡り飛来したという説話を想い起こさせる。

 「二月堂縁起」は、修二会の創始や二月堂観音の霊験に関わる説話を集めた絵巻で、図版は751年に、実忠が約100日の祈りを経て、海上から生身の十一面観音をお迎えし、東大寺の羂索院(けんじゃくいん)、今の二月堂に安置した場面を描いている。実忠の感得した観音は銅製7寸の像で、人肌のように温かかったという。

 観覧料は一般700円、大学生350円、高校生以下は無料。期間中に展示替えあり。問い合わせはハローダイヤル050(5542)8600。(多田則明)

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