
エーリッヒ・フロムは、ドイツの社会心理学者で新フロイト学派とも呼ばれ、精神分析の考え方を社会学に適用させ、全体主義へ傾倒する人々の心理分析などの研究を行った。本書は第2次世界大戦中の1941年に刊行。『自由からの逃走』とは意味深長なタイトルである。
人間は束縛や支配から逃れようと「自由」を希求するが、その「自由」から逃れるとは一体どういうことなのか。フロムは本書で、歴史的経緯を踏まえながら人間と自由の根本問題に心理学的な角度から切り込んでいく。
前近代では個人は生まれながらにして社会的階級の一部として組み込まれ、個人の完全な解放はなかった半面、安定感や帰属感を得ることができた。例えば、ヨーロッパの中世キリスト教社会では、教会は人間の苦悩は罪の結果であると罪の意識を助長したが、神の絶対的な愛と許しを教えることで人々は安心感と帰属意識を持つことができた。
ところが、ルターやカルヴァンの宗教改革により、人々が教会の権威と束縛から解き放たれ自由になると、個人は新たな問題に直面するようになる。孤独と不安である。
フロムは「自由は近代人に独立と合理性とを与えたが、一方、個人を孤独におとしいれ、そのため個人を不安な無力なものにした。この孤独は耐え難いもので、人間は自由の重荷からのがれて新しい依存と従属を求めるか、あるいは人間の独自性と個性とに基づいた積極的な自由の完全な実現に進むかの二者択一に迫られる」と書いている。
ちなみに、フロムはルターを「権威主義的性格」の典型的な人物と分析しているのが興味深い。権威主義的性格とは、自分より強いもの、権威あるものには無批判に従い、弱者に対しては敵意や軽蔑、支配を示す性格傾向のこと。1524年に起きた「ドイツ農民戦争」において、ルターは当初農民に同情的な姿勢を見せつつも、最終的には諸侯(領主)側に立ち、農民を徹底的に弾圧することを支持した。
フロムは論考を進め、心理学的な逃避のメカニズムを説明する。自由ゆえの孤独感と無力感から逃れるには二つの道があり、一つは個人が愛情や能力の純粋な表現によって自分自身を世界と結び付けていく「積極的自由」へと進む道で、もう一つは自由を捨て去り、新たな権威に自身を依存・従属させることだとしている。
ドイツ国民がナチズムに傾倒したのはまさに人々が自由だったからであり、心理学的には孤独と不安から逃れるという側面があったとしている。自由という孤独に耐えられないので、個人は自由から逃走して新しくはかない安定と束縛に進むのである。
フロムは「もし我々が、我々自身の社会においても、個人の無意味と無力さという、どこででもファシズム台頭の温床となるような現象に直面していることを見逃すならば、これほど大きな誤謬、重大な危険はない」と警鐘を鳴らしている。
(長野康彦)






