トップ文化猪瀬直樹著『昭和16年夏の敗戦』総力戦研究の「日本必敗」予測 【昭和100年を読む】

猪瀬直樹著『昭和16年夏の敗戦』総力戦研究の「日本必敗」予測 【昭和100年を読む】

 「開戦後、緒戦の勝利は見込まれるが、その後の推移は長期戦必至である。その負担に青国(日本)の国力は耐えられない。戦争末期にはソ連の参戦もあり、敗北は避けられない」

対米戦争開始の前年、昭和15(1940)年に内閣総理大臣直轄の研究所・教育機関として設立された「総力戦研究所」の研究生たちが模擬内閣を組織して16年の7月に、日米戦争を想定して行った机上演習(シミュレーション)の結論である。原爆投下こそないが、実際日本は、ほぼこの予想通りの経過を辿(たど)っていった。

 8月に入り、この演習の「日本必敗」の結論は、近衛文麿首相、東條英機陸相の前で発表された。しかしこれに対する東条陸相の所感は次のようなものだった。

 「諸君の研究の労を多とするが、これはあくまでも机上の演習でありまして、実際の戦争というものは、君たちの考えているようなものではないのであります。日露戦争でわが大日本帝国は、勝てるとは思わなかった。しかし、勝ったのであります。…戦というものは、計画通りにいかない。意外裡(り)なことが勝利につながっていく…」

 この4年後、東条は、机上演習の予測が現実のものとなることを知る。

 猪瀬直樹氏の『昭和16年夏の敗戦』(中公文庫)は、この総力戦研究所の活動と対米開戦へと突き進んでいった日本の指導者たちの姿を描いたものだ。

 総力戦研究所は、総力戦に関する基本的な調査研究と教育訓練を目的として設立された。各官庁、陸海軍、民間の若手エリートを研究生として入所させた。第1期の研修生は35名。著者はかつての研究生に取材し、研究所ではどのような研修が行われ、どのような議論・研究が行われていたかを再現していく。

 エリート官僚らの現実的なシミュレーションだけに、その議論は、対米開戦後の経緯をかなり正確に予測するものだった。例えば、最大のテーマであった石油資源の確保については、「十七年から十八年にかけてパレンバンの産油量は五百万トンにも達した。しかし、その石油を運ぶタンカーは、やがて次々とアメリカ潜水艦のエジキとなる。その経過は総力戦研究所の想定したとおりであった」

 机上演習の結論が、実際にはほとんど無視された背景については、あまり掘り下げはないが、もともと研究機関と言うより、総力戦に向けた若手エリートたちの研修を目的としたものだったことがその理由の一つのようだ。

 しかし、著者は、東條陸相が、所感の最後に「この机上演習の経過を、諸君は軽はずみに口外してはならぬ」と口止めしたことに注目する。ある研究生の、「(東條陸相の頭の中にあった)実際の戦況は、自分達の演習と相当にちかいものだったのではないか」という言葉を紹介している。

 本書では、総力戦研究所での研究・議論とともに日本の開戦に至る意思決定過程を辿っている。陸軍の開戦論を抑えるために東條に大命が降下されたいきさつなどが語られているが、独裁者、愚かな指導者という単純な見方ではなく、天皇の忠臣たらんとした謹厳な軍人として描かれている。

(特別編集委員・藤橋 進)

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