
近代日本で初めて独自の哲学を築き「京都学派」の祖と言われる西田幾多郎の『日本文化の問題』は、昭和思想史を振り返る上で重要な一冊だ。1940年、岩波新書の一冊として出版され今は絶版となっているが、ちくま学芸文庫の小林敏明編『近代日本思想選 西田幾多郎』で読むことができる。
この本は、1938年に京都帝大学生課主催「日本文化講義」で行った西田の3回の講演の講演録を書き直したものだが、当時、日本は狂信的な右翼思想が幅を利かせていた。文部省直轄の国民精神文化研究所なども皇国史観や国体イデオロギーを吹聴していた。そんな中、岩波書店が当時、右翼からリベラルさを批判されてもいた西田の学問的な著作でそのような風潮に対抗しようとしたのだ。
しかし一方で西田は、京大の教え子でもあった近衛文麿や海軍、陸軍と関係ができ、時局的な問題にコミットしていた。西田は終戦の3カ月前に亡くなるが、戦後はその点を左派から批判される。この著作が岩波新書のラインナップから消えたのもそんな事情があると思われる。
しかし、『歴史と生命 西田幾多郎の苦闘』(作品社)で鈴木貞美氏が言うように、「国策に協力したか否か」という二分法による裁断は、あまり意味がない。鈴木氏や上田閑照(しずてる)氏が指摘するように、西田には西田なりの時局への配慮があり、できる限りの形で思想的闘いを行っていた。
本書の眼目は、当時盛んに吹聴された、「日本精神」や「皇道」について、哲学的、学問的、論理的に掘り下げ、その真の意味を明らかにしようとしたところにあるだろう。それが「絶対矛盾的自己同一」など西田哲学独特の論理で進められる。
日本文化の本質についての考察では、その中心に権力ではなく権威としての皇室の存在があったことが語られ、当時直面する課題に目を向ける。
<東洋の一孤島に位し、何千年来、殆んど閉じられた社会として、独自の発展を成し来った日本民族には、日本と云うものが即世界であった。(…)しかし今日の日本はもはや東洋の一孤島の日本ではない、閉じられた社会ではない。世界の日本である、世界に面して立つ日本である。日本形成の原理は即ち世界形成の原理とならなければならない。此処に現今の大いなる問題があると思う>と前置きしこう書いている。
<最も戒しむべきは、日本を主体化することでなければならないと考える。それは皇道の覇道化に過ぎない、それは皇道を帝国主義化することに外ならない。>
<我々は我々の歴史的発展の底に、矛盾的自己同一的世界そのものの自己形成の原理を見出すことによって、世界に貢献せなければならない。それが皇道の発揮と云うことであり、八紘一宇の真の意義でなければならない。>
己を空(むな)しくすることで調和的世界を生む原理としての「皇道」が、その対極になる「覇道」に傾きかけていることを西田はこの本ではっきりと警告しているのである。「西田幾多郎の哲学のいわば完成期の姿勢が比較的平易に示され、かつ、彼の日本文化論の大枠が示されている」(鈴木貞美)本書は改めて読み直される価値がある。
(特別編集委員・藤橋 進)






