トップ文化「アンリ・マティス、十字架の道行き:受難の描写」展 20世紀絵画をキリスト教へ回帰 寺院の火災、美術館からの盗難を機に【フランス美術事情】

「アンリ・マティス、十字架の道行き:受難の描写」展 20世紀絵画をキリスト教へ回帰 寺院の火災、美術館からの盗難を機に【フランス美術事情】

「アンリ・マティスが設計したヴァンスのロザリオ礼拝堂」ⒸF. Fernandez
「アンリ・マティスが設計したヴァンスのロザリオ礼拝堂」ⒸF. Fernandez

 フランス人で20世紀を代表する巨匠を一人挙げるとすれば、アンリ・マティスを挙げる人は少なくない。そのマティスが、生涯を通して、集大成としているのが、フランス南部ヴァンスにあるロザリオ礼拝堂の壁画やステンドグラスだ。

 マティスは生前、「(ヴァンスのドミニコ修道女のロザリオの礼拝堂の)作品は4年間の献身的な努力を要し、私の生涯の集大成です。あらゆる欠陥にもかかわらず、私はこれを私の最高傑作だと考えています」と言い残している。80歳を直前に控えたマティスの言葉だ。

 大病を患った末、マティスの身の回りの世話をしたのが若い看護学生のモニーク・ブルジョワだった。彼女は1944年にカトリック修道女、シスター・ジャック=マリーとなり、ヴァンスのドミニコ会修道女に加わった。雨漏りのするガレージで礼拝をしていた修道会の新たな礼拝堂建設計画を知ったマティスは資金を含め、自ら設計したのがロザリオ礼拝堂だった。

 マティス美術館のあるニースで「アンリ・マティス、十字架の道行き:受難の描写」展(2026年1月19日まで)が開催中だ。ニースにはキリスト教と関係の深いマルク・シャガールの美術館もある。マティスもシャガールもニース近郊のローマ帝国時代からある村に住み、制作活動を続けたことで知られる。

 シャガールはユダヤ人でありながら、キリスト教のモチーフ(磔刑像、聖母子像など)を絵画、ステンドグラスなどで展開し、ユダヤの歴史とキリスト教の救済を融合させ、二つの信仰を結び付けた巨匠だ。一方、マティスは晩年、ロザリオ礼拝堂の建設に関わり、その設計、ステンドグラスの制作、壁画等で信仰を表現した。

 19世紀後半から、20世紀にかけて西洋絵画は宗教よりも科学的発見、技術革新により、人々の認識が大きく変わったことにより、一点透視技法から複眼技法など科学理論を絵画技法として適用したり、計算された点描による視覚の加法混色による作品を生んだりした。さらに反宗教的な偶然性や自動記述などを追求したシュルレアリスムが生まれた。

 反宗教的左派思想が浸透する中、20世紀にキリスト教信仰を追求したマティス、シャガール、ルオーは稀有(けう)な存在だった。特にマティスは本来、科学的、実験的思考を持つ理知的画家だったことから晩年の礼拝堂建設は興味深いと言わざるを得ない。

 パリ・ノートルダム寺院の火災、ルーヴル美術館からの歴史的財宝の盗難でフランスは今、精神的に原点回帰する若者が増えている。そんな時にマティスの足跡には深い意味を感じざるを得ない。マティスは間違いなく、普遍的な精神の秩序をキリスト教に求めたといえ、「私が求めるのは、祈る人の心を静める椅子のような芸術だ」というマティスの言葉は深い意味を与えている。

(安部雅延)

spot_img

人気記事

新着記事

TOP記事(全期間)

Google Translate »