
1970年代初め日本社会の空気が大きく変わったという実感を評者(藤橋)は常々持っていた。評論家の坪内祐三(1958~2020年)の『一九七二「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」』(文春学藝ライブラリー)の第一回「なぜ、この年なのか」を読んで我が意を得た思いがした。
坪内は、98年頃、都内の女子短大で戦後のベストセラー史を軸に戦後の風俗文化全般を講義した。その中で、東京オリンピックの64年から大阪万博の70年に至る高度成長期の時代変化の激しさを改めて実感する一方、「古い物や旧来の感受性も確かに強くのこっていた」ことに気付く。そして「変化が完了するのが、実は一九七二年である」と、講義を始めてから3年目に思い至ったという。
そして「一九七二年こそは、ひとつの時代の『はじまりのおわり』であり、『おわりのはじまり』であるのだ」と確信する。「そこに何の根拠もない。単なる私の直感だ」と言うが、それは、当時東京に住む中学1年生の著者が感じた時代の空気と、3年間の講義の中で改めてその時代を振り返るという作業から生まれた直感である。
1972年にどんなことが起きたのか、坪内がそこで列挙した事件は次のようなものだ。
『木枯し紋次郎』放映開始。元日本陸軍伍長横井庄一グアム島で収容される。日活ロマンポルノ摘発。冬季オリンピック札幌大会開幕。連合赤軍浅間山荘に立てこもる。三菱銀行キャッシュカードをスタート。高松塚古墳彩色壁画発見。川端康成ガス自殺。沖縄返還。田中角栄「日本列島改造論」を発表。『ぴあ』創刊。日中国交回復。カンカンとランランが羽田空港に到着。R・ストーンズ初来日チケット前売り……。
本文では、32回にわたって72年に起きた出来事について硬軟織り交ぜて語っていく。その中で連合赤軍事件についての記述は、当初の予定を超えて6回以上にわたっている。それだけ、個人的にも社会的にも衝撃の大きな事件だった。「あさま山荘」に籠城した坂口弘がニクソン訪中のテレビ中継を眺めていたことなど、著者らしい皮肉な切り口だ。
時代回顧エッセーではあるが、さまざまな資料に当たることで客観性を持たせ、ノスタルジックな気分に流され過ぎないようにしている。
第二十四回の「若者音楽がビッグビジネスとなって行く」も、時代の新しい動きを捉えたものだ。東京育ちの著者らしい新しい事象への関心の高さを感じさせる。当時田舎の高校生だった評者などと比べよほど進んでいたと感じる。東京っ子だから書けた72年グラフィティである。
何が始まり、何が終わるのか、もう一つ掘り下げてほしかったという不満も残る。しかし、そもそも本書は1972年以降に生まれた人たちへの「歴史意識」の橋渡しを意図して書かれた。著者の「歴史観」を提示し、それを押し付けようというものではない。72年以降に生まれた人たちが時代の空気を共有し、この画期的な年を語り合うための格好の書物を坪内は残したといえる。
(特別編集委員・藤橋 進)






