トップ文化日本人と鹿の文化史的な関係 つま恋、寂しさなど感情移入 『万葉集』『古今和歌集』に詠まれた鹿

日本人と鹿の文化史的な関係 つま恋、寂しさなど感情移入 『万葉集』『古今和歌集』に詠まれた鹿

紅葉の下で寛ぐ奈良公園の鹿
紅葉の下で寛ぐ奈良公園の鹿

 〝奈良の女〟高市早苗首相の自民党総裁選での演説で、改めて注目される奈良公園の鹿を見てきた。東大寺周辺には人懐っこい鹿に鹿せんべいを与えて喜ぶ外国人観光客であふれていた。人が野生の鹿にこのように身近に接することができる場所は世界でも珍しい。鹿はインバウンド観光の主役となっている。

 奈良公園とその周辺には、現在約1300頭の鹿が生息し、国の天然記念物に指定されている。春日大社に祀(まつ)られる武甕槌命(たけみかづちのみこと)が、白い鹿に乗ってやって来たという伝説から、神社では鹿を大切にしてきたのがその始まりだ。

 ちょうど紅葉の時期で、紅葉と鹿の取り合わせに、花札の10月の絵柄を思い浮かべる人がいるかもしれない。鹿と紅葉が庶民のカードゲームの絵柄になるには古い文化史的な背景がある。

 そこで浮かぶのは、『百人一首』の猿丸大夫(さるまるたいふ)の歌。

 〈おくやまに紅葉(もみじ)踏分けなく鹿の声きくときぞあきは悲しき〉

 秋は鹿の繁殖期で、妻を呼ぶ鹿の声に日本人は特別の感情移入をしてきた。

 最古の歌集『万葉集』には68首も鹿を詠んだ歌がある。多くは鹿の鳴く声を詠んでいる。

 〈夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず寝(い)ねにけらしも〉は岡本天皇(おかものとすめらみこと)の御製として巻第八「秋雑歌」の筆頭に置かれている。

 舒明(じょめい)天皇の作とされるが、斉明天皇とする説もある。

 〈高円(たかまど)の秋野の上の朝霧に妻呼ぶ牡鹿出で立つらむか〉は、高市首相が総裁選の演説で取り上げた巻第二十の大伴家持(おおとものやかもち)の歌。高円は奈良公園の南東に位置する高円山の麓。山の展望台に歌碑が立っている。

 『万葉集』の妻を恋う鹿から、『古今集』の時代になると、秋の物悲しさや寂しさを鹿の鳴き声に象徴させる傾向が強くなる。

 〈夕月夜をぐらの山に鳴く鹿の声のうちにや秋は暮るらむ〉は紀貫之の作。

 感傷性が強くなるが、猿丸大夫のもすでにその傾向が出ているように思われる。

 いずれにしても日本人は鹿の姿、泣き声にあわれを感じ、季節の情感とも絡めてさまざまに感情移入してきた。そういう意味で鹿は日本文化においては特別な動物といえるだろう。

(特別編集委員・藤橋 進)

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