
日本には「マタギ」という鹿や熊の狩猟を生業(なりわい)とした猟師集団がいる。高齢化などで人数を減らしながらも東北地方を中心に活動している。
そのルーツについてマタギたちが秘蔵する『山立根本巻』『山立由来之巻』によると、清和天皇の頃(850~881年)に上野国(こうずけのくに)(群馬県)の赤木明神と下野国(しもつけのくに)(栃木県)の日光権現が対立。日光権現が苦戦に陥った。日光権現は、白鹿に化け麓に降り、弓が得意な猟師・万三郎に助けを求めた。その要請に応え、万三郎は赤木明神の両目を射抜いて、退散させた。これを喜んだ日光権現が「日本全国どこの山でも獣をとってよい」という「山立御免」を授かり、これがマタギの始まりとされる。山岳信仰的な香りも感じる。江戸時代の秋田藩(秋田県)では、「マタギ」たちも藩士という地位を得ていた。
ところで、この「マタギ」という言葉の由来は、正確には分かっていない。
漢字を当てると「叉鬼」「又鬼」と書くが東北地方で狩人のことを「ヤマダチ(山立)」と言い、それがなまって「マタギ」となった説。アイヌ語からという説、日本語の「マタギ」からアイヌ語になったという説などさまざまだ。
江戸時代の紀行家・菅江真澄はアイヌ文化とマタギ文化には類似性が存在することを指摘している。長編小説『邂逅の森』(熊谷達也著)では実在したマタギの人生に焦点を当てた。その他、人食い熊との死闘を描いた映画も制作されている。
(富)






