
本書は昭和48年から49年にかけて月刊誌『自由』に連載され、50年に読売新聞社から刊行された。著者の杉森久英は、『天才と狂人の間』で昭和37年に直木賞を受賞した伝記小説の名手。世界日報連載の『明治天皇』をはじめ、後藤新平を描いた『大風呂敷』、『辻政信』『近衛文麿』(毎日出版文化賞)など日本近代の政治家、軍人、実業家さらには料理人まで数多く描いている。
常識的なセンスを基調にしつつも、透徹した批評精神で人物と歴史を見詰めてきた著者が、文字通り、自身が体験した、見たままの昭和史を語り、戦争に突入していった日本人のありのままの姿を描いた。
本書の眼目は、あの戦争は軍人たちが暴走し、一般国民は被害者という戦後、連合国軍総司令部(GHQ)によって植え付けられた観念が真実でないことを、その時代を生きた人間としてはっきりと否定していることだ。
著者は言う。「中国との戦争にしろ、米英との戦争にしろ、戦後よくいわれるように、人民の意志を無視して、一部の資本家や官僚、軍人が強行したものでは決してなくて、むしろ、広汎(こうはん)な国民一般の中に満ち満ちた戦争を望む声に従って起ったものであった」
「戦時中の若者は、決して戦後の歴史家がいうように、しぶしぶ戦場へひっぱり出されたのでもなければ、支配者の威嚇のもとに、虐殺へむかって駆り立てられたのでもなく、国民的自覚のもとに戦いにおもむいたのであった」
これがイデオロギーや今のポリティカルコレクトネスの曇りを取り払った歴史の真相だろう。戦争について日本人の罪悪感を押し付けるGHQのウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)によって軍国主義者と国民を分離し対立させる図式が戦後刷り込まれたと、江藤淳が1970年代後半に論じるかなり前から、杉森氏はそれを指摘していたのである。
大正の軍縮時代に軍人がいかに片身の狭い思いをしてきたか、それに対する「軍人の復讐」という指摘も見逃せない。芥川龍之介が『侏儒の言葉』で、「軍人は小児にちかいものである…この故に軍人の誇りとするものは必ず小児の玩具に似ている」などと軍人を揶揄(やゆ)し馬鹿にしても、なんの非難も起きなかった、そんな時代があった。
「北一輝の暗い部分」の章では、イデオロギーや理想を振りかざす人物への覚めた視点で北の本質に迫っている。著者は、二・二六事件で青年将校たちが赤坂一帯を占拠している時、そこにいた北が妻に「この騒ぎが片づいたら、大きな家を建ててやるぞ」と言って浮き浮きしていたことなどを挙げ、北の策謀には邪気、妖気が漂っていたという。
そんな歴史を振り返り、著者は「日本人がもう一度間違いをしでかさないという保障はまったくない」とし、「前回は軍国主義でまちがいを起こしたので、現代は軍国主義に対しては警戒が厳重だが、まちがいの原因がどこに潜んでいるか、まったく予億もつかない」と言う。
人間というものを見詰めてきた著者の日本人への警告である。
(特別編集委員・藤橋 進)





