
エロス、愛智心、最高美、善のイデア
『饗宴(きょうえん)』は古代ギリシャの哲学者プラトンの著作の中でもその詩的才能を存分に発揮した作品で、単なる哲学書にとどまらず芸術作品ともいえるものである。内容はソクラテスをはじめ実在の人物が登場し、宴席の饗宴の場で葡萄(ぶどう)酒を飲みながら「エロス(愛)」について一人ひとり賛美の演説をしていくというものだ。
「エロス」とはギリシャ神話に登場する愛を司(つかさど)る神で、愛(性愛)や恋を意味する。当時ギリシャで広く行われていた少年愛を含め、男女間の肉体的愛から精神的愛、さらには智慧(ちえ)や美を求める欲求に至るまで幅広い意味合いを含む。
演説は最初5人が行い、最後にソクラテスが登場する。5人は偉大な愛の神、エロスのためにできるだけ美しく賛美の演説を試みる。特に4番目の喜劇詩人アリストファネスは、人間が神々に対して敬虔(けいけん)かつ従順であるならば、真のエロスは離れ離れになっている者たちを再び元の一体にするために出逢(あ)わせ、人間の原始的本性(原形)に還元するとき人類は幸福になることができると熱弁を振るう。
ソクラテスは、かつて彼に愛の事を教えてくれたディオティマという女性から聞いた話として語り始め、「愛とは善きものの永久の所有」であり、「心霊上の美を肉体上の美よりも価値の高いものと考えるようになることが必要」と演説する。一人の人間とか一つの職業とか、ある個体の美に隷従し、その結果みじめで狭量な人となるようなことがあってはならず、「美の大海に乗り出してこれを眺めながら、限りなき愛智心(フィロソフィア)から多くの美しくかつ崇高な言説と思想とを産み出し、ついにはこれによって力を増しかつ成熟」して、美の本質を認識できるよう「最高美」「愛の道の極致」を目指して努力すべきだと説く。
プラトンは『饗宴』でソクラテスをはじめ実在の人物を登場させて歴史的経緯を踏まえながらも、それを超えて「愛」や「美」に対する普遍的真実を伝えようとしているように思われる。悪(あ)しき者とは魂よりもさらに多く肉体を愛する卑俗な者で永続せず、気高き性格を愛するものは永続するものと融合するため生涯を通じて変わることがないと訴える。プラトンはわれわれに、人生の目的は永遠なる者の最高美と善のイデアを直観し、最高の道徳的完成に到達することだと語り掛けている。
(長野康彦)





