トップ文化発見されたフランドルの巨匠のキリスト像 過去の遺物、宗教絵画が再注目【フランス美術事情】

発見されたフランドルの巨匠のキリスト像 過去の遺物、宗教絵画が再注目【フランス美術事情】

長引く戦争に精神的救いを求める

ピーテル・パウル・ルーベンス「十字架上のキリスト」1613年 Ⓒ Osenat

 西洋美術の文脈の中で、イエス・キリスト像は、聖母子像と並び、最も絵描きたちが作品を残したモチーフだ。芸術は人々の信仰を支える極めて重要な役割を持っており、西洋芸術はキリスト教信仰なしに発展することはなかった。

 中には何世紀にもわたり、消えた絵画とされてきた作品もある。その一つ、フランドルの巨匠、ピーテル・パウル・ルーベンス(1577~1640年)の描いたイエスの磔刑(たっけい)を描いた作品は、画家ウィリアム=アドルフ・ブグローの旧邸宅兼アトリエで最近発見され、11月30日にフランスのオセナ・オークションハウスによって競売にかけられるとして注目を集めている。

 下世話な話だが、100万~200万ユーロ(約1億7200万円~3億4400万円)という予想落札価格は、その10倍になるとも噂(うわさ)される。2017年11月クリスティーズのオークションでダ・ヴィンチ作のキリスト像『サルバトール・ムンディ』が4億5030万ドル(約510億円)でアラブの富豪によって落札されたのとは比較にならないが。

 そんなダ・ヴィンチは別格だとしても、実は欧米ではキリスト教をテーマにした聖画に高値が付くことが珍しい中では、ルーベンスの作品は突出している。同作品は磔刑に処されたキリストが嵐の空を背景に目はほとんど閉じられ、左脇の大きな傷跡から血が流れている。

 バロックの画家、ルーベンスはイタリア・ルネサンスの影響を受けながらも、フランドルの風土に根差し、ドラマチックな表現で人々の心に迫る作品が多い。ダ・ヴィンチやミケランジェロ、カラバッジオのリアルさに流麗な筆致が加わり、スペインの宮廷外交官だったルーベンスは、当時の勢いを増すプロテスタントを圧倒する作品として描かれている。

 キリストの苦悩が真に迫る磔刑画は、キリスト教徒にとって人類の罪を背負って肉体死を捧(ささ)げたキリストの苦悶(くもん)が体全体からにじみ出ている。実は欧米諸国は、かつてないキリスト教復興運動が起きており、フランスでは今年4月の復活祭で洗礼希望者が成人の1万人を含め、過去最多の1万7800人を記録した。

 背景には、ウクライナ、ガザ戦争などが長期化し、先の見えない状況に人々が精神的救いに向かっているという指摘もある。これまで過去の遺物のように扱われてきた宗教絵画は、コロナ禍以降、徐々にその力が再注目されている。

 そんな中、観(み)る者の心に迫る絵画で知られるルーベンスのキリスト像は、今の時代だからこそ、姿を現したとも言えそうだ。イエスは死後、弟子たちに霊的に現れて布教に出発し、多くの殉教の血を流しながらもキリスト教は全世界に広がって現在に至る。

(安部雅延)

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