トップ文化「法と狂気」描いたカフカ 『哲学者カフカ入門講義』を書いた金沢大学教授 仲正昌樹さん【この人と1時間】

「法と狂気」描いたカフカ 『哲学者カフカ入門講義』を書いた金沢大学教授 仲正昌樹さん【この人と1時間】

金沢大学教授、仲正昌樹さん
金沢大学教授、仲正昌樹さん

夢と現実さ迷う主人公 ユダヤ性との緊張感が背景に

 チェコ生まれの小説家フランツ・カフカは昨年没後100年を迎え、関連出版が相次いだ。金沢大学教授、仲正昌樹さんが上梓(じょうし)した『哲学者カフカ入門講義』(作品社)はその中でもユニークな一冊。仲正さんに、カフカの現代的意義などを聞いた。
(特別編集委員・藤橋 進)

 「哲学者カフカ」と書名に掲げたのはドゥルーズやガタリ、デリダそしてベンヤミンなどポストモダンの思想家の著作に論じられることが多いからである。ではカフカの作品はどういう点で哲学的なのか。

 「現代思想の2大テーマに<法>と<狂気>があります。法というのは、法律というより人間が自由に判断していると思っているけれども実際は無意識に従っているような、そういう次元の法です。この問題意識は、ドイツのロマン派くらいからありましたが、その後、深層心理の考察が進み、さらに文化人類学の他民族がいろんな掟に縛られているのを観察する中で、ヨーロッパ人自身も不可視の法というものに無自覚的に縛られていることに気が付く。一方、狂気というのはギリシア悲劇まで遡る。神が作った法に逆らうが、それに逆らいきれなくて人間が崩壊するところで生ずる。その狂気が現代において日常化してくる。普通の人間が日常において知らないうちに何かの法に従っており、それから逸脱しているつもりでも、逸脱しきれず、どこかで限界にぶつかってしまう、というような状況が19世紀の終わりになるといろんな場面で可視化されてくる」

 「宗教を支えているのは教義だけではなく、実際には無自覚的に行動を縛っている身体化された慣習があり、その影響の方が大きい。近代に入ってヨーロッパ人は自分達は無神論的になったと思っていたが、社会を支えてきた構造が解体する中で、キリスト教を支えていた見えないインフラみたいなものが、不気味な様相を呈しながら浮上し、それに耐えられない人を狂気に追いやる。カフカは、ユダヤ・キリスト教の根源に由来する<法と狂気>に関わる問題を現代的な視点から描いたわけです」

 カフカはかつてカミュやサルトルなどと共に、不条理をテーマにした実存主義の文学とされてきた。

 「1960年代から70年代、カフカやロマン主義の一部を含めて実存主義的に解釈するというのがトレンドになっていた。しかし、今カフカの作品を実存主義的に読む人はほとんどいない。キルケゴール、ヤスパース、サルトルという実存主義の哲学に共通するのは、限界状況に突き当たって自分はこういう存在だと決意する。しかし、カフカの『城』や『審判』などを読んでみると、主人公は何か決断して、行動しているように見えるけれども、実は見えない法の構造に絡めとられ、動かされている。ドゥルーズやデリダに従って読んでいくと、そういう風に見えてくる。カフカの描く主人公は実存的決断なんかしてない、むしろ迷路みたいなところをさ迷っている、不可視の構造の中でぐるぐる回りしている、そういうことを描いた作家であると捉えられるようになった」

 『海辺のカフカ』を書いた村上春樹はカフカの影響を受けた作家として自他共に認めている。一種の無国籍性、現実感の希薄さ、夢と現実が混在するようなところなど共通している。

 「カフカが非常にうまいのは、どこまでが現実でどこまでが主人公の幻想の部分なのか、わからないようシームレスに文を繋げているところです。現実と幻想の混乱は誰にでもあることですが、普通はある程度の所で止まる。ニーチェが神の死という事を言った後でも、神様の代理のような存在がいて止め役を果たしてきた。しかしそのミニ神様がいなくなると、誰も止めてくれない。カフカの場合、その妄想が何かのルートにのって展開しているのだけれどその法則の全貌が見えず、どこまでも止まらない。そこを単純化しているのが村上春樹の小説でしょう。村上春樹の主人公は何故か自分でどうにかして危機を乗り切ってしまうから、本格的に哲学的関心を持った人からは、ご都合主義で浅いとみられる」

 先駆的で普遍性を持つ作品をカフカが遺(のこ)した背景には、プラハ生まれのユダヤ人でドイツ語で小説を書いたということも背景にあるとみられる。

 「普通はマイノリティーになり切るか普遍性を追求するかになるが、カフカの面白いところはユダヤ性を隠そうともしないが肯定もしない。その緊張感が作品の背景にあり読ませるのだと思う」

 仲正さん自ら企画したゲオルク・ビューヒナー原作の戯曲『ヴォイツェク』(吾郷賢演出)を3月の京都に続き今月、金沢市内で上演、自身も出演した。次はカフカの『審判』の上演を企画している。どのように戯曲化されるか楽しみだ。

なかまさ・まさき
1963年広島生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了。現在、金沢大学法学類教授。専門は法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を分かりやすく読み解くことで定評がある。著書に『今こそアーレントを読み直す』(講談社新書)ほか多数。

spot_img

人気記事

新着記事

TOP記事(全期間)

Google Translate »