トップ文化内村鑑三を読む 基督再臨の説教者⑱ 新天地は現前に展開された

内村鑑三を読む 基督再臨の説教者⑱ 新天地は現前に展開された

鶏龍山の南麓で聖都建設運動が行われた新都内の由来碑
鶏龍山の南麓で聖都建設運動が行われた新都内の由来碑

内村の再臨に関する講演会は、1918年1月6日、東京基督教青年会館で始まり、20年4月18日、兵庫県西之宮教会の『聖書之研究』読者会で行った「基督再臨の二方面」と題する講演で終わる。

内村の再臨論に関する話題はこれで終わりだが、世界のキリスト教文化圏を見渡してみると、この運動の最も盛んな国が一つあった。植民地だったので国と呼べるかどうかは分からないが、10年に日本に併合された韓国である。

07年、韓国でキリスト教の「百万人の大復興運動」が始まり、併合されるといっそう盛り上がり、信徒は増え続け、19年の3・1独立運動で頂点に達する。

その信仰が独立と直結していたところに特徴があり、ある面から見れば政治運動だったが、別の面から見れば宗教運動でもあった。独立宣言書を起草した崔南善(チェナムソン)は天道教徒であり、それに署名した民族代表33人は天道教や、キリスト教、仏教など宗教界の代表者。彼らには共通した世界認識があった。

その日が3月1日に定められたのには理由があった。1月20日に高宗が亡くなって、その葬儀が3月3日に定められていた。地方から弔問客が大勢ソウルにやって来る。喪に服すべき謹慎中に独立万歳とはどういうことなのか。

民族代表者らの共通の認識とは、高宗の死の時が古い時代の終わりであり、この時こそが、新しい王による新しい国の出発の時だ、と考えられたからだ。

新しい王とはキリスト教でいう再臨主のことであり、天道教でいう、高麗時代から予言されてきた「義の王」、救世主のこと。この時から歴史の春が来るというのだ。

それゆえにこの宣言書には政治文書とは違った趣がある。歴史について次のように表現している。

「ああ、新天地は現前に展開されたのである。威勢の時代は過ぎ去って、道義の時代が来た。過去の全世紀に練磨長養された人道的精神は、まさに新文明の曙光を人類の歴史に投射しはじめた。新しい春は世界に来り、万物の回蘇を促進しつつある」

日本では、これに先立つ2月8日に、朝鮮人留学生らによって独立宣言がなされ、東京・神田の韓国YMCA会館にその碑が立っている。

朝鮮総督府は3・1独立運動を「騒擾(そうじょう)事件」と呼んで取り締まり、徹底的に弾圧したが、なぜ、また起きたのか。その担い手となった、キリスト教や仏教以外の新興宗教についても調査し、嘱託(しょくたく)・村山智順による『朝鮮の類似宗教』として残された。水運教、普天教、侍天教など76教団について詳述されている。

活動内容や教義はほぼ共通していて、「後天開闢(こうてんかいりゃく)」の歴史観を持っていた。過去の先天時代は過ぎ去り、今からは新しい理想世界が築かれ、大運勢時代に入るというもの。それは救世主の出現によってなされるので、彼を迎えるために18年ごろから忠清南道論山(ノンサン)にある鶏龍山(ケリョンさん)の南麓の扇状地で、聖都建設運動が始まっていった。

この頃、内村の下に韓国人学生が集まってきて、内村はその宗教的資質に惹(ひ)かれ、期待を寄せるようになる。以来、韓国に大きな興味を寄せ、行ってみたいと語るが、周囲の人たちに阻止されて叶(かな)うことはなかった。

(増子耕一、写真も)

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