トップ文化関川夏央著『昭和が明るかった頃』 2大俳優に見る高度成長期の精神 石原裕次郎と吉永小百合が体現 【昭和100年を読む】

関川夏央著『昭和が明るかった頃』 2大俳優に見る高度成長期の精神 石原裕次郎と吉永小百合が体現 【昭和100年を読む】

『昭和が明るかった頃』関川夏央著 石原裕次郎と吉永小百合という日活2大スターを通して高度成長期前期の時代精神を描いた
『昭和が明るかった頃』関川夏央著 石原裕次郎と吉永小百合という日活2大スターを通して高度成長期前期の時代精神を描いた

昭和35(1960)年前後、高度経済成長期に入った頃の日本は明るかった。あの明るさはいったい何だったのだろうと思う時がある。あの時代は邦画の全盛時代でもあった。娯楽の王様・映画が大きな影響を与えていたことは確かだ。

雑誌『諸君!』に連載され、単行本となって講談社エッセイ賞を受賞した関川夏央著『昭和が明るかった頃』(文春文庫)は、石原裕次郎と吉永小百合の日活の2大スターを通して、高度成長期前期の時代精神を描いたものだ。二人は日活のアクション路線と純愛路線を牽引(けんいん)し、青年たちのアイコンとなった。

兄・石原慎太郎原作の映画『太陽の季節』で映画デビューし、「太陽族」という社会現象まで起こし、戦後最大のスターとなった石原裕次郎。子役時代から映画界に入り、清純派の代表女優として崇拝者「サユリスト」を生んだ吉永小百合。彼らの人気の秘密、そして映画で体現したものは何だったのか、二人の生い立ち、当時の日活や映画産業、時代や社会的背景から浮かび上がらせている。

吉永小百合は結婚後、女優としての脱皮を目指すが、それらの映画はそれほどヒットしなかった。しかし必ず話題になった。著者は、これはひとえに「吉永小百合という物語」があるためと言う。その物語の核は「明るさと向上心、すなわち高度成長期前期の時代精神を象徴する存在であった」ことであるという。

裕次郎の場合はもう少し複雑だ。旧来の恋愛に翻弄(ほんろう)される受け身の女性像を否定する戦後性、敗戦によって根底から崩された男性の自己確認による戦前性の回復という「一見矛盾する要素の統合への試み」を、「育ちのよい不良青年、石原裕次郎は、そのよく伸びた肢体と『自己表現する』多くの言葉によって行った」という。

何より考察の元となるのは彼らが演じた映画そのものだ。著者は、著者はそれらをじっくりと鑑賞し鋭い批評を展開する。

一作品にほぼ一章を充てて論じた石原裕次郎・浅丘ルリ子主演の『憎いあンちくしょう』(1962年)では、東京から九州までの車の5日間の旅、映画では全体の6割を占めるロケシーン撮影では、小林旭の『渡り鳥』シリーズや『男はつらいよ』シリーズのような「ディスカバー・ジャパン」的な日本の地方風景の美しさは、意図して避けられていると指摘。そこに蔵原惟繕(これよし)監督の「脱日本」志向を観(み)ている。

著者は、「あとがき」で、「これは映画ファンのための追懐の本ではない」と断っている。しかし興味深いエピソード満載だ。中でも石原裕次郎、小林旭とともに日活のスターの道を歩みながら21歳で事故で亡くなった赤木圭一郎と、吉永小百合の話などは特に心に残るものだ。

青春スターを中心に映画を作り一時代を築いた日活映画は、高度成長期を生きた日本人とくに若い世代に与えた影響は大きかった。映画の場面や当時を思い出しながら改めて思わさせられた。

(特別編集委員・藤橋 進)

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