
◆藤沢発展の礎◆
毎年、年始の風物詩となっている箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)。そのコースの中で一、二を争う難所、「遊行寺(ゆぎょうじ)の坂」(往路3区、復路8区)は各大学のエース級が集う。特に復路では、残り5㌔地点の急坂は選手たちの体力を奪っていく。
その坂の途中にあるのが遊行寺で、総称は清浄光寺(しょうじょうこうじ)といい1325年に呑海上人(どんかいしょうにん)が開山した古刹だ。遊行とは、「諸国を巡って人々に教えを説くこと」を意味し、遊行上人とは、時宗(じしゅう)による指導者に与えられた称号で、開祖一遍上人と2代目の他阿真教を指すと言われる。
広大な境内には本堂を含め10棟の登録有形文化財があり観光名所となっている。
時宗は、一遍上人を宗祖、真教上人を二祖として両祖の教えを基に、名号「南無阿弥陀仏」を拠(よ)りどころにする浄土宗の一派だ。
「踊り念仏」としても知られ、「動」の宗教ともいえる。その教えは、「自己中心の考えを捨て、家業につとめ励み、むつみあえば、ただ今のひと時は充たされ、極楽浄土への道が開かれる」とするものだ。一方で、学問や理論よりも実践的な信仰を重視したことから、上人のその姿は、「捨聖(すてひじり)」と呼ばれ、民衆の中に生きる仏教者として敬われた。
この精神の下、遊行寺は地域と一体となって発展を遂げてきた。
1601年に東海道の宿場として「藤沢宿」が正式に設置され、宿場は大鋸(だいぎり)・大久保・坂戸の近隣の3町で構成され、遊行寺門前の町がその中心となった。寺の存在が参拝者や旅人を呼び込み、宿場の賑(にぎ)わいを支え、藤沢発展の礎となった。
また、東海道の宿場町の中心として、東海道を行き交う参勤交代の大名たちの本陣としても使用されたりした。
現在、遊行寺宝物館では企画展「交流の記録-遊行寺中近世文書を中心に-」が開催されており、遊行寺の人的、物的交流の多さに驚かされる。南北時代、北朝4代後光厳(ごこうごん)天皇より寺格を賜り、清浄光寺と改名したことや、冷泉(れいぜい)家、飛鳥井(あすかい)家といった公家との関わりや後醍醐天皇との関わり、さらには武家との関わりから、松平有親(ありさだ)(徳川家の源流)、今川義元、武田信玄などの書状が展示されている。
展示室は、1室のみだが、濃密な交流がこの地で行われていたことを知ることができる。
宝物館の入場料は一般(大学生・高校生含む)500円、中学生以下300円。開館時間10時から16時30分。
佐野富成






