トップ文化音楽と共に味わう新世代の展覧会 モネやロスコの絵画世界を体験【フランス美術事情】

音楽と共に味わう新世代の展覧会 モネやロスコの絵画世界を体験【フランス美術事情】

美より醜さを追求した現代美術 旧証券取引所が美術館に生まれ変わる

「クリナメン」セレスト・ブルシエ=ムージュノ作 ブルス・ド・コマースⒸピノーコレクション

20世紀は二つの大戦での痛ましい世紀だった。美術の世界も19世紀までに見たことのないおどろおどろしさもテーマになったことで、現代美術は美を追求するより、醜さを含んだリアリティーが追求され、美に癒やしを求める人々を芸術の世界から遠ざけた。

フランスはいち早く、そのことに気付き、醜い芸術を嫌悪した。筆者も30年前、フランスに移り住んで最初に強く感じたのはフランス人の美に対する感性だった。日本は戦後、アメリカ現代美術に強く影響され、イデオロギーや理論が先立ち、芸術から美は遠ざかったが、21世紀は芸術が美を取り戻す世紀になってほしいものだ。

建築家の安藤忠雄がパリ中心部にある歴史遺産の旧ブルス・ド・コマース(証券取引所)を美術館に生まれ変わらせる依頼を実業家、フランソワ・ピノーから受けた。パリ市と共同で私設美術館、新現代美術館をオープンさせたのは、コロナ禍の2021年5月22日だった。

天井がガラスのドームで円筒形の建物はそのままに、内務の建物の形に添った円形の壁を造った安藤の設定は、世界的な注目を浴びた。今回はその中に直径18㍍のプールにモネの睡蓮(すいれん)のように、白い磁器のボウルが青い水面に浮かび、穏やかな流れに運ばれている。同インスタレーションは、ボウル同士の衝突によって「旋律的で呪文のような音」が生み出される。

つまり、動く生きた音楽作品で、没入型プロジェクトは、エピクロス派の物理学における原子のランダムな軌道にちなんで「クリナメン」展(9月21日まで)と名付けられている。フランス人アーティスト、セレスト・ブルシエ=ムージュノは、音を真の生きた物質へと変えた。

陶器の優しい音色は来館者に時間と音の知覚についての考察に誘い出す。プールの水面にはドームのガラス屋根を通して映る空の波打つ反射と共鳴する空間構造が映し出され、その自然は来館者を瞑想(めいそう)に誘い込む。デジタル技術を駆使した人工的没入型空間でないところや、時間と流れる音楽と共に白い磁器ボウルが移動するさまに来館者はしばし見とれる。

それもプールの色は美しい空色で白い磁器ボウルはプールに動く絵画を作り出す。ぶつかり合うボウルが発する音は、楽器を奏でるようで心地よい。作品は証券取引所のドーム天井と共鳴するように特別に設計されたかのようだ。つまり、この場でしか体験できない唯一無二の環境を体験できる。

セレスト・ブルシエ=ムージュノは、ミロの偉大なブルース3部作、マーク・ロスコの雰囲気のある釉薬(ゆうやく)で静寂を捉えた作品、あるいはモネが白い睡蓮が点在する池の断片に無限の次元を与えた作品などを閉ざされたカンバスから解放し、唯一無二の体験に誘い込む。

(安部雅延)

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