トップ文化和辻哲郎『風土』を読む 人間存在に迫る哲学

和辻哲郎『風土』を読む 人間存在に迫る哲学

文明を空間性と歴史性から考察

風土

日本の哲学者・和辻哲郎はその代表作『風土』で、人間存在を風土的観点から理解しようと試みた。和辻はまず、「モンスーン」「砂漠」「牧場」と、風土を三つの類型に分ける。

「モンスーン」とは季節風のことで、これは日本や中国、インドを含めた東南アジア地域を指し、この「湿潤」な地域では「受容的」「忍従的」な人間が形成されるとした。「砂漠」は文字通り西アジアから中東にかけての「乾燥」した地域で、厳しい自然環境が死をもって人に迫るため、この地域では自然を含めた他者との関係は「対抗的」「戦闘的」関係になると説く。

「牧場」は湿潤と乾燥の総合で、ヨーロッパがこれに当てはまるとする。和辻が船でヨーロッパに渡った際、彼の目を捉えたのはその「特殊な色調の緑」であったことから、ヨーロッパ風土を緑の牧場として表現したものだ。ここでは自然は従順で合理的な姿となって現れており、そうした自然と向き合うとき人間はその中から容易に規則性を見いだすことができる。ヨーロッパの自然科学がまさしく牧場的風土の産物であるとし、その根源はギリシャにあると論を進める。

西洋哲学にあまり見受けられないこうした考察は、非常に斬新であるとともに、西洋哲学と日本文化を融合させた「和辻哲学」とも呼ばれる独創的な哲学体系を生み出した。砂漠的人間の功績は人類に人格神を与えたことであり、これに拮抗(きっこう)するものは人類に人格的ならざる絶対者を与えたインド人のみ、とする和辻の考察にもうならされる。

和辻が風土の問題を考え始めたのは、1927年ドイツ留学した際、ハイデッガーの『存在と時間』を読んだ時であった。

人間の存在構造を時間性として捉える試みに非常に興味を覚えるが、「なぜ同時に空間性が、同じく根源的な存在構造として活(い)かされて来ないのか、それが自分には問題であった」と、空間性の問題がほとんど扱われていないハイデッガーの仕事に和辻は限界を見た。

「空間性に即せざる時間性はいまだ真に時間性ではない」とし、ハイデッガーは「人間存在をただ人の存在として捕えた」と和辻は解釈する。「それは人間存在の個人的・社会的なる二重構造から見れば、単に抽象的なる一面に過ぎぬ」として、和辻はさらに空間性と歴史性をも合わせて論じたこの論考は、日本発の哲学としてもっと注目されてもよいものだろう。

(長野康彦)

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