
今年生誕100年を迎えた三島由紀夫については、夥(おびただ)しい評伝や評論が書かれている。そんな中で、思想史家・評論家、橋川文三(1922~83年)の『三島由紀夫』(中公文庫)は、昭和精神史の中に三島由紀夫を置き、その人と文学の核心に迫るものだ。
橋川文三について国文学者の高橋新太郎は「自裁に至る三島由紀夫の行蔵を過不足なく後世に伝え得る情理と識見と文体の持ち主は、橋川を置いてほかにないように思われる」とまで述べている。
本書には三島の『文化防衛論』を批評した「美の論理と政治の論理」などが集められているが、その白眉は「夭折者の禁欲」「三島由紀夫伝」の2作だろう。
幼児期虚弱だった三島は、家の中で本ばかり読んで育つ。まず言葉そして活字があった。「こうして、彼の生活は、美しい言葉のアラベスクによって構成されるひゆの世界に属していた。現実の世界を考慮する必要はなかった」。その土壌から、あの華麗で人工的な三島の文章が生まれた。
三島は、昭和の戦争史の歩みに合わせて少年期、青年期を過ごす。当時の多くの青年と同じく、そう遠くない死を覚悟していた。
終戦間際、勤労動員学徒として過ごすが、決して不幸ではなかった。
終戦となり平和が訪れた時の心境を「いよいよ生きなければならぬと決心したときの絶望と幻滅」と表現している。三島の戦後はこの絶望から始まった。橋川は、そういう中での自己回復の最初の試みが長編小説『仮面の告白』だったと言う。
この「三島由紀夫伝」がいかに三島の人と文学の核心を捉えたものであるかは、三島が橋川に送った礼状がよく物語っている。
「むかし『鏡子の家』についてお書き下さつた時、自分は三島の文学自体に興味がなく、精神史的興味が主である、と述べられてゐたと記憶しますが、実はさういうアプローチのはうが、小生が文学に賭け、あるひは文学を利用してゐる(この二作用は同じことのやうに思はれます)態度の根底にあるものを、正確に見抜いてをられるといふ感を抱かされます」とした上で、「此の御文章によつて、真の知己の言を得たうれしさで一杯です」とまで述べている。
三島の自伝的回想『私の遍歴時代』や『金閣寺』などの作品の丁寧な読みが基本にあるが、思想史家にして鋭い感性の持ち主である橋川だからこそ書くことができたと思われる。
(特別編集委員・藤橋 進)







