トップ文化【フランス美術事情】歴史的名画に全身で浸る没入型展示

【フランス美術事情】歴史的名画に全身で浸る没入型展示

パリのアトリエ・デ・リュミエールで開催中の没入型展覧会「夢の国のル・ドゥアニエ・ルソー」の様子= Culturespaces/C.de la Motte Rouge

対照的なピカソとルソー

個性が尊重される時代への転換期

歴史的名画に全身で浸る没入型展示は、新たな芸術体験だ。デジタル・アート・センター、アトリエ・デ・リュミエール(パリ11区)では、没入型で体験する「ピカソ、動く芸術」と「夢の国のル・ドゥアニエ・ルソー」展が開催されている(6月29日まで)。

ピカソとルソーは対照的な作家だ。ピカソは少年時代から天才ぶりを発揮し、描写力で他の画家の追随を許さなかった。キュビスム、シュルレアリスムは20世紀絵画の方向を決定づけた。一方、ルソーはパリの税関職員(仏語でル・ドゥアニエ)で49歳で脱サラし、絵に専念した独学の画家で、素人だったため素朴派と呼ばれ、ピカソとは対照的だ。

芸術は大量生産の工芸と違い、修行を積む職人ではないが、ピカソは生まれながらの才能と絵画センスの個性を作品に反映させた。パリに集まった才能あふれる画家たちの間で次々に新しい様式に取り組む姿は、絵に精通していたからこそで、常人の域をはるかに超えていた。

一方、ルソーは新たな様式を時代に刻む存在ではなく、彼の個性がその時代に新鮮さをもたらした。19世紀末から20世紀初頭に西洋美術の本流の中で葛藤したピカソや彼が尊敬したセザンヌなどとは異なり、ルソーでしか描けない色彩感覚や人間と動植物が織り成す不思議な個性的世界が当時の美術界にインパクトを与えた。

つまり、ルソーは絵を正式に学ばなかったことで、逆に誰かのまねをするジレンマに陥らず、純粋に自分の描きたい絵が描けた稀有(けう)な存在だった。それは、同じ絵を正式に学ばなかったゴーギャンにも言えるかもしれない。それより画家の個性が尊重される時代への転換期にあって絵を描きたい欲求に純粋に従ったことで名を残したともいえる。

さて、没入型の展示なので多産のピカソの場合、650点を超える作品画像、ビデオ、写真を利用して、来場者は画家、彫刻家、陶芸家、舞台デザイナーのピカソ作品を鑑賞できる。プログラムは、闘牛から肖像画、パリのキャバレーの夜の生活、バラ時代、キュビズム、海の風景、彫刻、そして最高傑作まで、テーマ別に章立てされている。

次のルソーの空間は奇妙なジャングルに変わる。植物、動物、ルソーの登場人物を融合させた物語の世界に入り込む。来場者は、20世紀初頭のパリ植物園の温室や動物園の雰囲気と独学の画家の想像力に触発され、夢のような旅に出る。映画『カールじいさんの空飛ぶ家』のテーマ曲などの魔法の世界に伴われて、不思議な夢の世界へと誘われる。

没入型展示には批判もある。見せる技術は作家の意図に必ずしも沿わない可能性もあるからだ。芸術が宗教を離れて久しいが、本来、教会の総合芸術にルーツを持つ芸術が没入型展示で精神的高揚を与えられる時代が来ているとすれば、現存する作家には新たな表現の場となるのは確かと言えそうだ。

(安部雅延)

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