不条理・全体主義との戦い
今読まれるべき作家の格好の入門書
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20世紀を代表するフランス人作家、アルベール・カミュが不慮の自動車事故で亡くなってから今年で65年となる。新型コロナウイルスのパンデミックを機に小説『ペスト』が注目されたが、生涯を懸けて世界の不条理、左翼全体主義と戦ったカミュは、権威主義国家が台頭する今、最も読み直されるべき作家の一人と言えよう。
国際カミュ学会副会長、日本カミュ研究会会長の三野博司氏の『アルベール・カミュ生きることへの愛』(岩波新書)は、そんなカミュの格好の入門書となっている。
カミュは1913年、フランス領アルジェリアで生まれる。生後11カ月で父が戦死し、母親の手で育てられた。貧しい幼年時代を送るが、生涯、生まれ育ったアルジェリアの風光、そこに暮らす人々を愛した。このアルジェリア体験が、仏本土で生育したサルトルなど他の思想家、知識人とは異なる、より自由な思想と「反抗」に代表される行動の源になっている。
カミュの生い立ちから青年期についての記述を読みながら、副題に掲げた「生きることへの愛」は、地中海の太陽の光にあふれたアルジェリアでの体験によって培われたことが分かる。それがアルジェリア独立問題での独立支持派や反対派とは異なる複雑なスタンスにもつながるが、何より思想や文学の素地が作られた。
『異邦人』に次いで読まれる『ペスト』は、アルジェリアの田舎町オランを舞台にペストと戦う市民を描いた。疫病との戦いは今日とも直接つながるが、著者は、カミュがある夫人への手紙に「『ペスト』には3つの読み方ができます」と書いたことを紹介。一つ目は「疫病の物語」、二つ目は「ナチス占領の象徴(さらにはあらゆる全体主義体制の予兆)」、最後に「悪と言う形而上学的問題の具体的例証」である。
作品の終わりに、ペストは町から去ったが、「ペストはけっして死ぬことも消滅することも」ないと書かれている。それは左翼全体主義の台頭を指すもののようでもある。実際カミュはソ連の共産主義体制を批判し、39年には、共産主義と革命に傾倒したサルトルと論争し、かつての盟友と袂(たもと)を分かつことになる。
本書はこれまでのカミュ研究の成果を踏まえ、作家と作品について、密度の濃い内容を新書版の中に収めた行き届いた案内書であり、再入門を促す一冊となっている。
(特別編集委員・藤橋進)