庭の草花に風情 質素だが家老職の面影

岩手県一関市は度重なる水害に見舞われている。特に昭和21年と22年に襲ったカスリン、アイオンの両台風は城下町の風情が残る街並みを一掃したが、その中で持ちこたえた建物があった。それが田村町に残る旧沼田家武家住宅である。約180㌢の高さまで浸水した。
一関藩は伊達藩の支藩で、石高は3万石だったが、財政面では苦しかった。資料によると、沼田家は2代重延の時代に、伊達政宗のひ孫で初代一関藩主の田村建顕(たむらたつあき)と共に一関に移ってきた。沼田家は他家との屋敷替えによって寛保元(1741)年から明治初めまで、およそ300年にわたりこの住宅を住まい兼役宅としている。
市では平成15年に全面解体による修繕工事を行い、家老職に就任以前の創建当初に近い形を復元し、一般公開している。この建物が貴重なのは、約30人のボランティアガイドが交代で常駐し、解説してくれることだ。屋根の茅葺(かやぶき)が上下で色が違うので聞いたところ、上は河原で採れるヨシズを使い、下の白い部分は麻の茎だという。
建物は一関駅から徒歩10分と近い。門から重厚な建物が見える。奥行き約18㍍、間口約9㍍、床面積38坪なので、それほど広くはない。
手前の入り口から入ると、家人や使用人が使った広い土間と台所があるが、これは農民住宅を武家住宅の様式に改築したものとされる。武士が使う座敷の最も奥の上座敷は殿様を迎える場だ。その隣の部屋は天井が高く家来が槍(やり)を持って立ち回りできるという。殿様は屋敷奥の専用くぐり戸から入った。
小さい庭だが、春夏秋冬を味わう風情を堪能できる。ボランティアの人が、梅、コブシ、桜、サルスベリ、ヤマブキ、ツツジ、モミジ、松の名を列挙した。池には白い花を咲かせるオモダカがあるという。
沼田家の石高は代々90石前後だったが、文政5(1822)年に7代が、さらに8代も家老職となり明治を迎えている。
建物の見学時間は9時から16時(3月までは10時から15時)。定休日は毎週月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始。入場無料。
(伊藤志郎)