自由の中にも洗練された美
染布、染絵、絵本や版画など約300点
今年101歳で亡くなった染色工芸家・柚木沙弥郎(ゆのきさみろう)氏の企画展「永遠のいま」が岩手県立美術館で開かれている。11月30日には本展覧会の監修者で美術史家・美術評論家の水沢勉氏が、「柚木沙弥郎の晩年様式自由に自由が自由を」と題して記念講演会を開催。会場には美術愛好家ら約100人が集まった。
柚木氏の作品の特徴は素朴さの中にも洗練された美しさがあること。会場では染布、染絵のほか、絵本や版画、立体作品など約300点が展示され、柚木氏の76年にわたる多彩な創作活動を概観することができる。また初公開となる最晩年の仕事も紹介している。
柚木氏は1922年、東京・田端生まれ。東京帝国大学で美術史を学んだ。終戦後に勤務した大原美術館(岡山県倉敷市)で芹沢銈介(せりざわけいすけ)氏の型染め作品に感銘を受け、師事。大正末期から柳宗悦らによって提唱された「民藝運動」に魅せられ工芸への関心を深め、1948年創作活動に入った。
柚木氏と親交が深かった水沢氏は、「柚木氏の作品は生活と一体化しているような、民藝の考え方の基本につながってるもの。そういう暮らしの中で、自分の感性を磨き、エネルギーをいつもそこから汲み取っていた人だった」と柚木氏の作品や人となりを紹介。「もう見ているだけでワクワクするような世界。色と形が作り出す感情というか、そういうものにとりわけ注意を集中して作品を作っていた」と語った。
だが、柚木氏の扱うテーマには重いものがたくさん隠されているという。「宮沢賢治のために書いた作品を見ると、賢治の中にある深刻で時に絶望的というか、そういう世界観に対しても身を寄せて表現している。ただ、創造であるためにはそこからはじけ飛ぶようなエネルギーをいつも仕掛けている」など、専門家ならではの解説に、会場の人々は聞き入っていた。
柚木氏は晩年、チェコの彫刻家ズビネック・セカールの作品と出合い、「経験したことのない衝撃をうけた。強烈な精神性に心を奪われた」との言葉を残している。水沢氏によると、「それが2004、05年頃。そこから20年ぐらいが本当の柚木さんの晩年様式で、いろんな意味で自由になった。そうなった時に初めて自分の表現がはじけた」と説明。2021年以降、作品の模様はさらに抽象化が進み、純粋な色彩と形態のみで構成されたものが多くなった。
柚木氏は「自分の心の中はいつも自由でいること」を信条に、それぞれの素材に向き合い、制作を楽しんだ。「毎日が新しい今日で、それを大切に積み重ねていくことで、いい人生になる」。柚木氏の残した言葉だ。
柚木氏の作品には親しみやすさがある。そして明るさ。見る人を和ませ、希望を感じさせる何かがある。
本展は12月22日まで。企画展は岩手を皮切りに来年にかけて岡山、島根、静岡、東京の全国5都市を巡回する予定となっている。
(長野康彦)